映画「バクテン!!」公開までのカウントダウン企画㉕~2012松田陽樹

「バクテン!!」の主人公・双葉翔太郎は、高校から男子新体操を始めるが、1年生の夏には団体とはいえもうインターハイに出ている。
これはフィクションの世界だから、と言われそうだが、男子新体操には実際そういうことが案外ある。
 
最終的には大学まで続けて大成した選手でも、じつは「高校始めでした」という選手はついこの前までは珍しくはなかった。
徐々にクラブチームが増え、ジュニアから始める選手が増えてきたため、減少傾向にはあるが、競技人口の少なさとこと団体においては手具を使わないという特性もあり、持ち前の運動神経、身体能力に恵まれている選手の場合は、高校始めでもかなりのところまでいくことも可能なのが男子新体操のとくに団体だ。
ちょうど「バクテン!!」のアオ高のように、周りの5人が力のある選手だったりすると、6人目はやや経験の浅い選手でもなんとかなったりするのだ。
 
しかし、これが個人競技だとなかなかそうもいかない。
女子の新体操同様、4種目あり、それぞれの種目によって扱い方も違えば求められる能力も違う。
ジュニアや高校までは団体しかやってこなかったという選手が、高校生あるいは大学生になってから個人に転向すると苦労する例が多く、結果を残すことは難しいのだ。
 
ところが、2012年には「大学2年生から個人を始めた」という選手が全日本で優勝した。
正直に言えば、このころまでの男子新体操は今と比べるならば、手具操作が単調だった。
手具操作が得意な選手もいたが、当時のルールでは「難しい手具操作」はそれほど点数に反映していなかったため、どちらかというと、「手具操作でミスをせず、良い体操、表現を見せた選手」が評価されやすい傾向はあった。
2012年全日本チャンピオンの松田陽樹は、そんな時代を象徴するような選手だった。
なにしろ、彼は、大学1年生までは青森大学で団体の控え選手。大学2年生で個人に転向したものの、やったことのある手具は高校時代の国体で担当したクラブだけだったという。
そこから2年半あまりで頂点を獲ったことだけでも凄い。
現在は、男子新体操の個人競技での手具操作の複雑化が進んでいるため、さすがに「個人転向から2年半でのチャンピオン」という松田の記録を抜く選手はもう現れないかもしれない。
 
 
「バクテン!!」を地でいくような下剋上を見せてくれた「松田陽樹、全日本選手権優勝!」の記事を今日は紹介しよう。
 
 
「勝利の女神が微笑んだ男」
 
(「スポーツナビセレクトブログ」2012年11月24日掲載)
 
ジャパン前に、青森大学の個人選手の記事を書いたとき、松田陽樹について書いた部分の最後のフレーズは、
 
「いるんだったら、神様! ぜひあなたにも応援してほしい選手だ。」
 
だった。
 
この願いが、どうやら神様に届いたらしい。
 
2012オールジャパン、松田陽樹は、個人総合優勝を勝ち取った。
 
昨年の福士祐介、柴田翔平、一昨年の大舌恭平でさえ手にできなかったジャパンの個人総合を、松田陽樹が獲った。1年前にそう予想した人がいったい何人いただろうか?
 
こんなことが、起きるのだから、世の中は、いやスポーツは、捨てたものじゃない。
 
 
ジャパン1日目。松田の試技は、スティックから始まった。
演技に入る前に、青大応援席から声援が送られたが、それまでに登場した選手のときとは、明らかに声援の大きさが違っていた。
それは、もちろん、松田が最上級生だから、でもあるだろう。
が、それだけではない、と思う。
 
松田の人柄が、そうさせるのだろう。
そして、この1年間の練習ぶり。それを身近で見てきた仲間達は、心の底から「頑張ってほしい!」「努力が報われてほしい!」と思い、声を枯らして応援していたのだと思う。
 
 
その応援にも後押しされたように、松田のスティックはすばらしい出来だった。松田の特徴である、音をなぞるように、粘って動く部分もよく見えた。体と動きで音楽を奏でている、そんな演技だった。
 
そして、同時に、「これが最後!」という気迫も十分に感じられた。
 
9.425。1種目目から高い得点が、出た。
 
2種目目のリングでは、2本投げが空中でばらけてしまい、1本を落下してしまった。
そのほかの部分は、非常によかったのだが、落下が響いて9.350。
しかし、落下があってもこの得点が出たというところが、今大会での松田がいかに勢いのある演技をしていたか、ということを物語っている。
 
前半2種目を終えて、福士祐介(アルフレッサ日建産業)と同点2位。
 
しかも、前半での暫定首位の木村功(清風RG)との得点差は、わずか0.025。
後半種目次第では、逆転の可能性は十分に残されていた。
 
ライバル達の力を考えれば、優勝に近づくためには、悪くとも9.400以上は出さなければならない。
 
 
それは、松田にとってはかなり高いハードルだった。
インカレでは、スティックこそ9.425をマークしたが、ほかは一番よかったクラブでも9.375だった。
さらに言えば、1年前のジャパンでの松田の得点は、9.000~9.250の間に4種目が入っていた。ミスがなければ9点は割らないが、9.400を超えるような点数が出る選手ではなかったのだ。
 
そんな松田にとって、後半2種目でも9.400以上というのは、かなりの難題だと、正直私は思っていた。
ところが。 
3種目目のロープでの松田の演技が、これまた素晴らしかったのだ。
なんと言っても、その縄跳び美しさ! これは、群を抜いていた。つま先まで神経がいき届いているのはもちろんのこと、跳んでいるときの姿勢の美しさ、軽やかさ、そしてリズム感のよさ。たかが、縄跳び、されど縄跳び! こういう基本的なことを、ここまできっちりとやれる選手を評価してほしい! と思わせる演技だった。
 
そして、この演技に対して、9.475という高得点が出た。
 
ロープは、細かいミスが出やすい種目なだけに、この得点は効いた。
木村功が、ロープでは、9.425にとどまったため、3種目目終了時点で、松田が木村を逆転し、0.025差で首位に躍り出た。
 
そして、運命の最終種目・クラブを迎える。
 
 
松田のクラブは、淀みなく、澄んだ空気をまとったノーミス演技だった。ふんわりと跳ぶジャンプは、まったく重力を感じさせない軽やかさで、この選手が熾烈な優勝争いをしているようには見えなかった。
 
どこまでも「自分らしい演技」、それだけを求めているような松田の演技だった。そして、得点は9.500! おそらく松田にとっては初めての9.500超えだ。人生で何回かしか得られないかもしれない高得点が、この局面で出るとは! やはり、神様は彼に味方しているに違いない。
そうさせるだけの努力を彼がしてきたからであり、神様をも味方につけるだけの人徳があったのだろう。
 
松田の総合得点は、37.725。
3種目目を終えて2位につけている木村の最終種目クラブが、9.525なら同点。それ以上を出せば、木村の逆転優勝。
 
果たして木村のクラブも、ノーミスだった。どこまでも美しく、澄みきった演技は、逆転優勝にふさわしいようにも思える演技だった。
が、得点は9.500。
ロープでの高得点が効いて、松田が逃げ切り、優勝を決めた。
 
正直、「まさかの優勝」だったと思う。
「まさか」は失礼だとは百も承知だが、本人がいちばん「まさか」という顔をしていたのだから仕方ない。
 
3日目、種目別決勝の終了後、松田に話を聞くことができた。
 
「ジャパンでは、4種目決勝に残ることが目標でした。
 それと、最後の試合なので、悔いの残らない演技を見せたいと。
 それだけを考えていました。」
 
「優勝」という言葉は、やはり彼の頭の中には、ほとんどなかったんだと思う。優勝した感想を、と聞くと、
 
「自分は、今までほとんど結果を出したことがないので、まだ実感ありません。最後の大会としては、十分満足できる大会でした。」
 
と言葉少なだった。
 
それもそのはず、この日の種目別決勝に、松田は4種目出場していたが、スティック、リングは2位と優勝者の面目を保ったものの、後半種目ではミスが出て、ロープ8位、クラブ5位に終わっていたのだ。とくに後半種目は、個人総合優勝を決めた種目だっただけに、最後がそういう終わり方になってしまったことには、心残りもあったのだろう。
 
でも、「種目別でもすべて金がとりたかったんですが」なんて強気発言を彼に求めるのは間違っている。
 
個人総合優勝。
それで「十分満足できた」のが、松田陽樹という選手だ。
そんな選手がいてもいい。
そんな選手が優勝したジャパンがあってもいい。
 
卒業後は、新体操で培ってきた身体能力、表現力をいかして「踊る」世界に挑戦したいという松田。
「新体操の現役は引退」と決めている、と言う。
 
彼の演技が見られなくなるのは残念だが、彼が目指している道は、おそらく彼にはとても向いているように思う。
それは、能力的なことだけでなく、彼の性格ゆえだ。
 
「全日本チャンピオン」の冠は、その世界にいる限りは大きな力をもつが、ひとたび別の世界に入れば、それほどの価値はない。
新しい世界に飛び込めば、「元チャンピオン」も、ただの人だ。
それゆえに、やりきれなくなる者もいるが、松田はおそらく大丈夫だ。
 
最後の最後にチャンピオンになったくらいのことで、自分を高く見積もりすぎることはない。松田陽樹は、そんな人間だから。
 
次のステージに進めば、彼はまたコツコツと下積みから、嫌そうな顔ひとつせずに一歩一歩進んでいくだろう。そして、最後には、大きな栄光を手にするんじゃないか。新体操でそうだったように。
 
松田陽樹のジャパン優勝は、後に続く多くの選手達に希望を与えた。
そして、これからの松田もきっと。
「努力は裏切らない」ということを体現し続けてくれるに違いない。
 
 
【追記】
現在、松田陽樹は、パーソナルトレーナーとして活動する傍ら、男子新体操の指導や振付などにも関わり、BLUE TOKYOのメンバーとしての活動も継続している。
 
 
映画「バクテン!!」公開まであと8日
 
※映画公式サイトはこちら。 ⇒ https://bakuten-movie.com/
 
 TEXT :Keiko SHIINA