映画「バクテン!!」ラスト演技を見て思い出したもの

映画「バクテン!!」の公開開始から1か月あまりが経った。
男子新体操の経験者、関係者、ファンはもちろん、今までは「男子新体操なんて興味なかった」という人たちからも、「爽やかな青春ドラマ」として高く評価されているようだ。
 
その映画「バクテン!!」のクライマックスでの演技シーン(まだ観ていない人がいるかもしれないので詳細にはふれずにおく)が先日、Twitterで話題になった。「リアルの世界でもああいう演技が見られたらいい」という話が盛り上がっていたのだが、私は、映画でのあのシーンを観たときから、ずっと既視感があった。もちろん、とても感動したのだが、「この感動はいつか経験したことがある」と感じていたのだ。
 
そして、そのTwitterでのやりとりを通してその経験がなにだったのか、明確に思い出した。
2011年1月、岩手県盛岡市で行われた「こんなステージ観たことない」というダンス公演だ。
盛岡のダンススタジオ「ダンススタジオONE」が、男子新体操をメインに据えて、青森大学、青森山田高校、盛岡市立高校、盛岡のジュニア達などを総動員して実現した、今にして思えば夢のような舞台だった。
 
そのときのレポートを発掘したのでここに転載しておく。
公演すべてのナンバーを詳細にレポートしていたのだが、ここにはそのラストナンバーのレポートだけを載せておく。
11年前、私はこの作品で、「バクテン!!」のあのクライマックスで演じられた作品と同じような感動を覚えたのだった。
 
 
 
投稿日時:2011年01月19日 11:14
 
 
ステージ上では、ついにラストナンバーとなる「道」が、始まろうとしていた。
 それは、まさに「今までに観たことのない」・・・感動を与える、男子新体操の歴史と魅力がそこに集約されたような作品だったのだ。
 
 ステージにスクリーンが下りてくる。そして、そこに、中田、荒川、野呂、小渡らのこれまでの活動の記録が画像とともに映し出される。国士舘大学の選手時代の中田(驚くほどイケメン!)や荒川、野呂、盛岡市立高校で指導をしていたころの荒川、そのとき選手だった小渡の姿がある。盛岡以前に、ジュニアを指導していたころのリーゼント・野呂。なんとそこには幼いころの祝陽平の姿もあった。
 そして、それぞれが青森大学で、青森山田高校で、盛岡市立高校で、さらに滝沢南中学でも、全国制覇を成し遂げていく。中学生、高校生くらいのころから、姿を変え、形を変え、場所は変わってもつながりつづけてきた彼らの絆。そして、新体操への深い思い、が感じられるスライドに、私はまんまと昼、夜2回とも泣かされてしまった。
 このとき、すでにステージは終わりに近づいていたが、この素晴らしいステージが実現したのも、彼らの存在あってこそ、なのだとしみじみと感じずにはいられなかった。そして、「夢をもつこと」は、誰にでもできるが、それを実現するために、行動し続けるという困難なことを、続けてきてくれた人たちがここにいたから、男子新体操の今はある! のだ。こと東北での男子新体操のこの認知度、人気の高さは、現役選手として、さらには指導者として彼らがひたすら頑張ってきたことの賜物に違いないと、そう思った。
 
 そして、ステージでは、ついにラストナンバーが始まる。
 
20. ENDING ~道 
 
 女性ダンサー達が、空手の型のような動きで、勇ましく踊り、ステージを「戦場」に変えた。彼らは、なにものかと戦っている。それも、追い込まれている。おそらく、このままでは、未来はない。そんな絶望的な戦いの場に、彼らはいる。
 
 そこに、4人の指揮官が現れる。彼らは、遠い頂からこの世界を見下ろしている長老の命を受け、この戦いに勝利をおさめるべく、戦場に赴いたのだ。彼らは、静かに歩みを進める。荒れ果てた世界に心を痛めつつ、前に進む。しかし、戦士たちは、すでに疲れ果てていて、それぞれに姿を隠している。うごめきながらも、この場になかなか出てこれない。傷ついているものもいれば、恐れから動けなくなっているものものいるのだろう。
 
 しかし、4人の指揮官の凛とした姿が、戦士たちに勇気を与え、1人また1人と、彼らは戦場に戻ってくる。「1人では戦えないが、大勢の力を合わせれば、まだやれることがあるはずだ。」指揮官達の、前へ前へと進む姿勢から、彼らはそのことを感じ取ったのだ。
 仲間が集まってくる。
 1人より2人、2人より3人。
 足し算以上の力が彼らにみなぎってくる。
「このまま負けるもんか!」
 
 そして、その思いが1つになり、ステージ上の26人がいっせいに、力強く「側倒」を見せる。男子新体操の徒手要素の中でも、基本中の基本といえる動きだ。激しいタンブリングのような迫力はない。むしろ、競技のなかで見れば、比較的楽そうに見える動きともいえるだろう。だが、その「たかが側倒」が、こんなにも圧倒的な力をもって、言葉にできないほどの感動を与えてくれるとは。
 
 彼らが、一糸乱れぬ呼吸のもとに、ザッ! と体を横に倒した瞬間、まさに「山が動いた」ように見え、私は鳥肌が立った。
 ただ、これだけの動きで、これほど感動させることができるなんて、いったいこれはなんだろう? 男子新体操というスポーツの底知れぬポテンシャルをこのとき、私は徹底的に思い知らされたのだ。
 「側倒」につづいては、「捻転運動」もあった。これも決して、難しそうに見える動きではない。ラジオ体操にも入っているくらいだ。しかし、これを26人でやる。どこまでも揃っている。彼らの腕が力強く、宙を切る「しゅっしゅっ」という音が、客席にも届く。まさに、これは彼らの渾身の戦いなのだ。
 圧倒的な凄みをもったこの一連の徒手運動を、彼らは繰り返す。繰り返す。あとは、「負け」しかない、そんな自分たちの運命を変えるために、力の限り、繰り返す。どこまでも体を伸ばし、どこまでも腕を振り、体を捻じり、彼らは戦っている。
 
 さらに戦いは激化し、彼らは、最終兵器であるタンブリングを繰り出す。右に左に、強く高いタンブリングを次から次へと繰り出していく。が、次第に力尽き、最後は全員が倒れてしまう。
 
 負けた。もうこれで終わりだ。
 自分たちにはこれ以上なにもできない。
 その無力感の中で、ただじっと横たわる戦士たち。
 戦いはもう終わったのだ・・・。
 
 そのとき、彼らの脳裏に浮かんだのは、あの指揮官と長老達の姿だった。自分達の負けは、彼らの負けでもある、と戦士たちは気がつく。自分たちよりも、ずっと前から、ずっと厳しい戦いをしてきたあの指揮官達、長老の今までの努力を自分たちが無にしていいのか。
 おれたちは、あの人達ほど、頑張ってきたか。本当にもうおれたちにできることはないのか。
 
 もう力は残っていないよ・・・。
 立ち上がろうとしても、すぐに膝からくずれおちる。それほど、戦士達は傷つき、疲れ果てていた。しかし、「あの人達はもっともっと長く戦ってきたんじゃないのか!」先人達の思いが、彼らに最後の力を与える。
 1人の戦士が立ち上がる。そして、もう一度、あの動きを行う。側倒から、捻転・・・そう、あの動きだ。きちんと立ち上がることはできず、美しい形にはならないが、それでもあの動きだ。そして、また1人立ち上がる。また1人、さらに1人。
 だれもが、もう限界を超えている。力強い動きとは言えない。
 しかし、そうして全員が立ち上がったときに、そこにはまた底知れぬエネルギーが巻き起こってきていた。なによりも、再び立ち上がったときの彼らの目は、倒れる前よりもずっと強さを増していた。たとえ体が言うことをきかなくても、彼らの目が「負けない、負けない、負けない」と叫んでいる。
 音楽は流れているのだが、このときはもう、彼らの体が宙を切る音しか私には聞こえなかった。
 
 「しゅっしゅっ」「しゅっしゅっ」・・・そしてその音は永遠に続くかのようだった。そう、彼らの戦いは、まだ終わってない。まだ負けていないが、勝ったわけでもない。戦い続けるしかないのだ。
 「しゅっしゅっ」「しゅっしゅっ」・・・
 
 
 
 「道」からは、こんなストーリーが見えてきた。彼らが戦い続けている敵は何なんだろう? それはわからない。
 ただ、このストーリーはまさに「男子新体操の戦いの歴史」そのものなのだろうと思う。
 男子新体操は、「マイナーで絶滅寸前のスポーツ」だという現実とずっと戦ってきたのだ。「男なのに新体操?」という偏見ともだ。戦って戦ってきたが、国体での競技が休止になり、そこで男子新体操は一度死んだと言ってもいいくらいの打撃を受けたのだ。
 しかし、そのまま「死ぬのを待つだけ」では、終わらなかった。ステージ上での彼らがそうだったように、最後の力をふりしぼって、立ち上がった。また戦い始めた。それが「今」なのだ。
 この戦いは厳しい。簡単に勝たせてはもらえない。だけど、だからと言ってあきらめて、死ぬのを待つだけではいたくない! その叫びが、あの「しゅっしゅっ」という音にかぶって、私には聞こえてきた。
 
 今、ここで新体操をやっている選手達に、その熱い思いを引き継いできたのは、まぎれもなく先人達だ。4人の指揮官(荒川、野呂、小渡、祝)そして、長老(中田)。彼らの努力を知っているから、今いる選手達はあきらめてはいけないのだ。そのことを、きっと彼らはわかっている。だから、彼らの動きが、こんなにも心をうつのだろう。
 
 男子新体操を知ったばかりのときは、団体演技のアクロバティックな組み技や、ダイナミックなタンブリングに目をひかれる。マジックのような手具操作にも驚くだろうし、最近だとダンス的なかっこよさ、表現にも心ひかれるだろう。もちろん、そのすべてが「男子新体操の魅力」だ。しかし、この「道」という作品を見たときに、男子新体操の徒手のもつ力を思い知らされた。
 ここで使われていた徒手は、一見誰にでもできそうなものばかりだった。筋力や柔軟性などもそこまで必要そうではない。それなのに、こんなにも美しく、こんなにも感情を伝えられるのだ。
 すごい! としか言いようがない。「こん☆ステ」は、すべてすばらしい作品だったが、私は、この「道」だけでも、日本中、世界中の人にどうしても見てもらいたい。
 だれか、You Tubeとかにアップしてくれないものだろうか、なんて思っている(笑)。この「道」を見ることができたのは、このステージが実現したおかげであり、この作品を作り上げた指導者の方々、そして、実際に演技をした選手の方々、衣装や照明などの効果ももちろんあったと思う。そのすべてに感謝したい。
 ちなみに、音楽は「ラストサムライ」のサントラから選ばれたものだそうだ。まさに、彼らの雄姿は、最後のサムライそのものだった。
 
TEXT:Keiko SHIINA