アルデバラン(後に続く者)~宮崎産業経営大学第1回発表会
2022年3月13日(日)、宮崎産業経営大学の新体操部が第1回発表会を開催した。
当初予定していた時期から1か月遅れ、規模も大幅に縮小しての開催ではあったが、学生たちの「やりたい!」という思いを汲んで、保護者のみではあるが有観客で行われた。会場に来られない保護者のためのライブ配信も行われたが、その配信を特別に見せてもらうことができた。
宮崎産業経営大学は、2021年度初めて部員数が10人になり、インカレにも団体で初出場と、躍進の年となった。
だからこその発表会だったのだろうが、それだけではなかったと思う。
たった一人の4年生・黒瀬加鈴。
彼女のために、きっとこの舞台を用意したかったんだろう。このライブ配信を見ながら、後輩達、そして指導者のそんな思いが伝わってきた。
部員10人なので、それほど大がかりな発表会ではない。
はじめとおわりに集団演技があり、あとはほとんど個人演技の発表。団体演技が1つ。
その団体演技も、競技作品ではなく4年生の黒瀬を入れての有志メンバーでの演技だった。
黒瀬は、自分が最後までやっていたリボンの演技を披露したが、それとは別に、卒業生作品を踊った。
それが「アルデバラン」だった。
今、まさにクライマックスを迎えているNHKの朝ドラ「カムカムエブリバディ」の主題歌である「アルデバラン」は、森山直太朗の作詞作曲、AIが歌うとても心に沁みる曲だ。
曲が素晴らしいだけに、ともすれば演技が負けてしまいかねないが、大学卒業と同時に新体操からも卒業するという黒瀬の、新体操に対する思いのありったけを込めただろうこの演技は、まったく曲に負けることなく、3歳から22歳まで19年間続けてきた彼女の新体操の集大成にふさわしい演技だった。
決して有名な選手ではない。
故障が多く、なかなか思うような結果を得ることはできなかったと聞いている。
結果どころか満足に練習できなかったこともあるのだろう。「新体操を辞めたい」と思ったことも少なからずあったと思う。
そんな彼女の存在を私が知ったのは、1年前。
2021年4月25日だった。
初めて宮崎産業経営大学の練習を取材に行った日、最終学年になったばかりの彼女は一心不乱に練習をしていた。
傍らには、初の団体を組み、九州インカレでは優勝。波に乗る団体メンバーが熱く練習していた。
個人でも、西日本インカレでの上位進出、全日本インカレに駒を進めることが期待されている有村瑠夏、有村文里の2人がいる。
そんな中で、黒瀬はひたすら黙々と自分の練習に集中していた。
そのひたむきさが、とても印象深かった。このとき、2週間後に迫っていた西日本インカレへは出場予定だと聞いたが、西日本インカレから全日本インカレに残るのはかなりの狭き門だ。おそらく彼女にとっては、その西日本インカレが最後の試合、そんな覚悟をもっての練習だったのではないかと思う。残された新体操のできる時間を、むさぼるように彼女は練習していた。その姿を見ていたら、「最後の試合で納得のいく演技ができるように」と祈らずにはいられなかった。
が、その願いは叶わなかった。
私が彼女の練習を見た2週間後、5月13日に、新型コロナ感染拡大のため、西日本インカレの中止が決まった。
翌日には東日本インカレが開幕、西日本インカレは5日後に迫っていた。そんなタイミングでの決定だった。
西日本の大学の選手たちがみんな、とてもつらい思いをしたことは容易に想像できた。
なにしろ2年続けての中止なのだから。
ましてや4年生は。それも、「全日本インカレ」を現実的な目標にはできにくい選手たちは、どんな思いでこの中止を受け止めているんだろう。
考えると胸が痛くなった。気持ちが沈んだ。
この2年間、何回もこんなことがあった。そして、そのたびに思うのは、「望んでいた試合に出て、演技ができたうえで、うまくいかなかったり結果がつかなかった」ということは、なんと幸せなことか、ということだ。
望んでいた結果にならなかったことなど、その場に上がることもできなかった(それも自分のせいではないのに)ことに比べれば、些細なことだと思わずにはいられない。
黒瀬加鈴も、そうして「最後の場」すら得られないまま競技人生を終わらざるを得なかった一人だ。
今でこそ10人も部員がいる宮崎産業経営大学の新体操部だが、黒瀬が1年生のときは、4年生が引退したあとは、一人だけという時期があったそうだ。竹澤恵菜監督は、若く熱意に溢れてはいるが、いかんせん監督と選手のマンツーマンでは、息づまることもあっただろう。2年生になると、後輩が入り、徐々に新体操部は活気づいてきたが、学年が一番上の黒瀬は、キャプテンを務めることになった。
今回の発表会の最後に、竹澤監督は、黒瀬のことを「キャプテンになるようなタイプではないんです」と紹介していた。人を引っ張るとか、まとめるとかは苦手、そんな彼女がじつに3年間、キャプテンを務めた。監督も、本人も「向いていない」とわかっていながら、そうするしかなかった。
そのために背負った苦労も多かっただろうと思うが、それを投げ出すことなく、最後まで全うした。
彼女はそんな選手だったのだ。
だから、この発表会だったのだと思う。
誰よりも報われてもいい選手が、最後の舞台さえもなく去っていく。それだけはしたくなかったんだろう。
「アルデバラン」が主題歌になっている朝ドラは、100年にわたる家族の物語を描いているが、そこに登場する人物はことごとく挫折している。
輝かしい成功をおさめる人がほとんど出てこないそんなドラマだ。
そんなドラマだからこそ、今、辛い思いをしている人、挫折感を味わっている人にも「きっと大丈夫」と語りかけてくれるようなそんな優しい物語でもあり、そのクライマックスを彩るのが、この曲なのだ。
「アルデバラン」はおうし座の一等星の名前であり、「後に続く者」という意味もあるのだそうだ。
「後に続く者」・・・なんとこの黒瀬の最後の演技に相応しい曲なんだろう。1曲の中で、リボンもフープも、すべての手具を使って、「新体操との別れ」を惜しむように、踊る彼女の姿に、この曲の最初のフレーズがかぶった。
❝君と私は仲良くなれるかな この世界が終わるその前に❞
新体操ではきっとたくさんの辛い思いをしてきただろう黒瀬は、「新体操選手」という世界が終わる瞬間に、これまでで最高に「新体操と仲良く」なれたんじゃないかな、と思った。
演技のラストで、彼女はリボンを体に巻きつけ、自らを抱きしめるように腕を重ねた。
最後の最後に、大好きだった新体操を抱きしめたようにも、新体操が彼女を抱きしめてくれたようにも見えた。
つらいことのほうが多かった新体操人生だったかもしれないけれど、こうして終わっていけることは、きっと幸せなこと。
そして、そのことが「後に続く者」の希望にもなる。
そんなことを感じさせてくれた発表会だった。
TEXT & PHOTO:Keiko SHIINA <集合写真提供:宮崎産業経営大学新体操部>