堀孝輔(高田RG)が見せた「最高の負け方」~全日本選手権男子個人総合

とうとうこの日が来た。

社会人になってからの全日本選手権連覇という超人ぶりを見せていた堀孝輔(高田RG)が、負けた。

個人総合4位。

新たなチャンピオンになったのは、堀にとっては同志社大学の後輩になる東本侑也(同志社大学3年)だ。

こうなってみると、まるで後輩である東本にチャンピオンの座を譲るこの日まで、堀がその座を守ってきたようにも思える。

新体操強豪校ではない同志社大学が、OBである堀を含めれば全日本選手権3連覇なのだから。快挙というしかない。

 

今大会での堀は、1日目はいつも通りだった。

高難度の演技を、安定して危なげなく通し切る。

ノーミスで演じることはとてつもなく難しい演技なのに、彼はいつも、なんでもないことのように行う。

そのいつも通りの淡々とした雰囲気ゆえに、見落とされがちだが、彼の演技は、おそらくその音楽的なこだわりがずば抜けている。

かつては、その超絶技巧が話題になることが多かった。たしかに、そこが彼の武器だった。

先日の新体操フェスタ岐阜ではドリームチームを組んでいた同期たち、安藤梨友や佐藤三兄弟、さらにはジュニア時代から一緒に育ってきた満仲進哉など、周りには個性と才能にあふれる選手がたくさんいた。堀もその中で確実にトップレベルの力をもった選手ではあったが、「個性」「魅力」という点では、抜きん出られないという自覚をもっていた。

だからまず、一番の強みだった手具操作を磨きに磨いてきたんだと思う。

誰よりも正確に、誰よりも難しいことに挑戦して、モノにしていく。

そうして彼は、評価を勝ち取ってきた。

自分にはない才能をもった多くの選手たちにも勝ってきた。

大学までで競技引退なのか、と多くの人が思っていた中、「日本一になれないままで終わるのは納得がいかない」と社会人になってからも、当たり前のように現役続行。

社会人になると練習時間がとれないとほとんどの社会人が言う中、ジュニア~大学まで常に練習場所、時間の確保には難儀する環境にあった堀は、全日本初優勝を遂げた社会人1年目には、「社会人になった今が、一番練習しやすい環境」と涼しい顔で答えたのを覚えている。

「日本一」という目標を果たしてからも、さらに2年、彼は現役を続けてくれた。

そして、社会人としての連覇達成。今年は、オープン参加だったとはいえドリームチームでの団体演技披露、全日本選手権でも高田高校の監督して、山本響士朗選手につきつつ、自分も選手として、それも優勝争いに加わるという八面六臂の活躍を見せた。

「超人」

間違いなく、この男は、空前絶後の選手だ。

 

そんな堀孝輔だが、1日目のスティック、リングとも当然のように18点台にのせたが、スティックは4位、リングは5位だった。

前半種目暫定5位。

堀の演技が悪かったわけではない。

前半種目で堀よりも上につけた選手たち(森谷祐夢、尾上達哉、東本侑也、岩渕緒久斗)の演技がそれ以上の点数をたたき出すだけのものだったのだ。

 

以前、話を聞いたときに、堀は自分やほかの選手の得点や順位はしっかり把握したうえで試合に臨んでいると言っていた。

そんな彼ならば、この1日目の結果で、「三連覇はかなり厳しい」ということは感じていたのではないかと思う。

が、一方で、「最後までわからない」ことも百戦錬磨の彼だけにわかっていたと思う。

後半種目のクラブ、ロープ。

堀にとってはいわば得意種目だが、とくにロープではミスが起きやすい。

いずれの選手にとっても「初優勝」が懸かる場面で、ロープをミスなく通すのはおそらく難しい。

自分はできるだけのことを、できる限り精度高くやるだけ。

そして、もう守る必要がない(守った演技では勝てない)だけに思い切りやれる! 

やっとその時が来た! と彼は思っていたんじゃないかと思う。

 

2日目のクラブ、そしてロープは、会場にいる誰もがきっと何回も見たことのある「堀孝輔の演技」だった。

執念深いほどずっとやり続けてきたこの作品たちだったが、この日、彼が見せたこの演技は、今までに見たものとははっきりと違っていた。

勝負を捨てていたわけではない。

むしろ、勝つためにはこれしかないと判断していたんだと思う。

いつもならば彼は瞬時に「最適解」を選択する。こだわってきた技でも、必要ならば抜くし、最大限に動けばアブナイと思えば抑えることもする。

音楽に合わせることにもこだわりながらも、無理はしない。そうやって「こだわりすぎない」ことで勝ってきた。

昨年末、坂出や井原での演技会で見た彼の演技は、いつも大会で見ているのと違っていた。1.25倍大きく、魅力的だったのだ。

「え? いつも試合では抑えているの?」

と思わず失礼な質問をしてしまうくらいに、勝負度外視の堀孝輔は凄かったのだ。

 

この日、三連覇の懸かった、それも崖っぷちの場面での堀孝輔は、あの演技会で見た彼に近かった。

なかなか日本一に届かなかった大学生のころ。

「絶対に日本一」になりたかった2021年。

連覇しないわけにもいかない展開だった2022年。

彼は、自分自身の最高の演技をしたい! という欲を封印してきていたように思う。

 

それが、この日、やっとできたんだ。

そうなったときに、もう誰も堀を「技巧派」だとは言えないだろうと思う演技になった。

もちろん、技術は凄まじい。今では加点要素になったため、ほとんどの選手が取り入れている連続投げも、視野外、手以外の操作も、彼はずっと前からやり続けてきている。だから、こんなにもスムーズに、こんなにも音楽を感じながら、ここまでの難易度の演技ができるのだ。

小川晃平選手や永井直也選手、川東拓斗選手など、「動き」では、太刀打ちできないような選手たちが、常に彼の目の前にいた。

そこでは勝負できない、と彼はよく言っていたが、体そのものの動きでは勝てないとしても、音楽との一致性、溶け込み方などでは、1つの作品をここまで深くやり抜いてきた彼だけが到達できる域にきていた。

男子新体操では、作品を作りかえることで評価が上がることが多い。

仮に難易度は同じだったとしても、同じ作品であることへの飽きもあり、インパクトで負ける。

だから、ここまで長く同じ作品をやり続けることはひとつの挑戦でもあったのだ。

新鮮味はないかもしれない。

ある意味、「いつもの演技」かもしれない。

それでも、今まで見たことない! と思わせるレベルで演じることができる。

そこまで極めることができるというのは、まさに「芸術スポーツ」ならではではないかと思うのだ。

 

最終種目のロープは、大学時代を通じて、堀が完成させてきた作品だ。

曲はビバルディの「四季~冬」。新体操ではよく使われている曲だが、流れれば「堀くんのロープ」と思うほど彼の代名詞になっているあの演技。

ここで彼は、本当に自分が目指してきた演技をやり切った。

演技後半での輪になったロープ投げからの連続投げを見たときに、そう思った。

点数が低めになるロープで、18.300。これは、この種目でトップとなる得点だった。

総合では、優勝にも表彰台にも届かなかったが、後半種目ではロープ1位、クラブ3位と追い上げた。

それも彼最高の演技で、だ。

 

負けるときさえも最高にかっこいい!

堀孝輔は、そんな偉大な選手だった。

<写真提供:naoko>※2023全日本社会人大会にて撮影