男子新体操個人は「がんばり屋さん」が報われる競技になってきたと感じた日~2023全日本新体操選手権ふりかえり①

新体操の全日本選手権を初めて観戦したのは2002年の静岡JAPANだった。

それですっかり味をしめ、可能な限り、全日本選手権には足を運んでいるが、2023年、今年の全日本選手権の感動は、過去最高と言っていいものがあった。

 

個人総合に関しては、男女に共通して感じたことがある。

昔からのファンや以前競技者だった人たちからはいろいろな意見があるとは思うが、私は、男女とも今の新体操は非常にバランスが良くなってきていると感じた。

とくに男子は、昨年のルール改正から、手具操作での加点が増え、多くの選手の手具操作が複雑になり、難易度が大きくアップした。

そのため、昨年あたりはやや表現の面で物足りなさが感じられたし、「どの選手も同じようなことをしている」という意見も少なからず聞こえてきていた。

ただ、それは悪いことなのか?

私は「進化の過程」だと感じていた。難易度が上がれば、技に追われて表現は後回しになる。それはある程度仕方のないことだ。

新体操はエンターテインメントではなく、スポーツであり、競技なのだから「入れれば点数が上がる」を分かっているものを入れずに「自分は表現で勝負します」では、同じ土俵にのっているとはいえない。

 

「表現にこだわっていても、技術も上げていかなければならない」

「技術は高くても、表現も深めていかなければならない」

芸術スポーツとしてはごく当たり前のことだ。

男子新体操は、2015年に大きくルールが改正されたが、それ以前は、長い間、ルールが変わっていなかった。

しかし、2015年以降は、毎年のようにルールの見直しが行われ、細かく修正されていっている。

このルールの見直しの大きな流れは、「基本的な部分を大切にする」であるが、一方では「難易度の高さも評価に反映する」のように思う。

 

今ではほとんどの選手がタンブリング中に手具を動かしているが、以前はそうではなかった。

一部の得意な選手はやっていても、普通はそんなリスクは選択しない。当時は、タンブリング中に手具を動かしても、動かさなくても点数には反映していなかったのだ。

やれば「すごいな」と思わせることはできるし、アピールにはなる。その程度の意味しかなかった。

見る人をハッとさせるような手具操作も、ほとんどがアピールや自己満足でしかなかった。

 

ただ、それでも。

「直接点数には結びつかなくても」こだわって難しいことをやっていた選手は常にいた。

しかし、それは多数派ではなかった。

難易度が点数に反映しないルールでは、たとえば体操の美しさやタンブリングの強さが評価されている選手にとっては、手具操作はあくまでも体操の付録のようだった。

 

ルールが違うので一概に比較はできないが、10年前、あるいは20年前に名選手だといわれていた選手たちの演技を、今、見直してみると、今でも色あせない魅力はそれぞれにはあるものの、こと手具操作に関しては、かなりのんびりしたものに見えるはずだ。「昔の選手のほうが個性があった」「昔の選手のほうが動きに味があった」などという話はよく聞こえてくるが、「昔の選手」は、それでよかった。それでも勝てた。

でも今はそんな時代ではなくなった。

それは間違いなく競技としての進化だ。

一時的には、「手具操作に追われていて味気ない、個性がない」などと言われる時期があるとしても、そこで諦めず、逃げず、追い求めていけば、「昔の選手」よりも、トータルパッケージとしてハイレベルな、「新しい男子新体操」が見せられるようになるはずなのだ。

そう思っていた、いや、そう信じたかった。

 

昨年、インカレチャンピオンになった大村光星選手(当時花園大学)の演技を見たときに、それは確信的なものになった。

彼の演技は、十分すぎるほど手具操作の難易度が高く、加点要素が多かった。おそらく「慌ただしい演技」になりかねない演技内容だった。

しかし、昨年の彼は、それを慌ただしく見せないところまで演技の精度を上げており、さらに、以前からの持ち味だったスピード、高さのあるタンブリングと美しい体操をもっていた。

表現力に長けているというタイプではなかったが、それでも演技があそこまでハイレベルになると、そこで演じていることそのものが「表現」となる、そんなタイプだった。

ジュニア時代から手具操作のうまさには定評のあった向山蒼斗(当時国士館大学)もそういう意味では似たタイプだった。

手具操作もタンブリングもハイレベルで、これでもかと難易度を上げた演技を、どちらかというと淡々と演じる。でも、その「淡々と」が彼の個性であり、表現だった。

大村選手も、向山選手も、従来的な意味での「表現力」に抜きんでた選手ではなかったが、手具操作が評価されるようになってきたルールではこういう「表現」もありか!

と思わせる説得力があった。見ごたえのある手具操作を手に入れられた選手は、新しいタイプの「表現」で評価されることも可能になったのだ。

そして、おそらくこれからは、十分な加点をとれる演技内容をこなしながら、従来的な「表現」にも長けた選手も増えてくるだろうと期待した。

 

女子を見ているからそう思えた。

今大会でも、女子は会場が大盛り上がりになるような魅力的な演技が数多く見られた。

2022年のルール改正以降、女子の新体操の芸術性は爆上がり中だ。

しかも、現在の選手たちは、2021年までは「技つめこみ競争」のような苛酷なルールで戦ってきている。

手具操作はお手のものだ、というかそうなるまでやり続けるしかなかったのだ。

もちろん、生まれながらの器用さに恵まれていた選手もいるとは思う。だが、現在の新体操でやっていることは、少々器用だとしても簡単に習得できることではない。

今の選手たちは、トップレベルはもちろんのこと、ジュニア選手たちもみんな、とにかく手具操作はやるしかない! 中で育ってきた。だからこそ、その大変さもよくわかっているし、技を習得する楽しさも知っている。

今大会で、その踊りっぷりの良さで会場をライブ会場のように盛り上げていた松坂玲奈選手も鈴木菜巴選手も、以前は淡々と難しい演技をこなす技巧派の選手だったのだ。

それが、その高い技術ゆえに、ここまで表現や踊りを見せられる選手になった。

初優勝した鶴田芽生選手もそうだ。早くから期待され、それだけにずっと実力以上の演技内容に挑戦し、たくさんの失敗もしてきた。演技をこなすことに必死で、表現までは至らないように見えていた時期もあった。

が、ここにきてついに、演技がこなせるようになり、自分のものになってきたのだろう。

見違えるようになった。素材の良さは、折り紙つきという選手でも花咲くまで頑張りきれない場合も少なくないが、鶴田選手は、ここまできた。

恵まれた素質だけではこれないところまでくる中で、努力することの楽しさも感じてくれていたとしたら、この先も大いに期待できるのではないかと思う。

 

話を男子に戻す。

女子でも「技術先行」に見えていた選手たちが表現を開花させていく姿を見てきた。

だから、男子もきっと。と思っていたが、それは今回の大会で早くも現実になった。

 

技巧派の先頭をきってきた堀孝輔選手も、今大会の演技にはかつてなく「伝わってくるもの」があった。「技術だけ」なんてとうてい言えない高みまで彼の演技は昇華していた。

個人総合優勝した東本侑也選手が、種目別決勝のクラブで見せた演技は、それまでは重い曲調と彼のはつらつとした動きがややミスマッチに見えることがあったこの作品で、驚くほどの融和性を見せてくれた。

技術的には最高峰の演技なのは誰もが認めるところだが、あのクラブの演技であそこまでの情感がこもっていたのは、初めてだったように思う。

18.850という見たことのないような高得点が飛び出したのも納得の1本だった。

 

そして、なによりも個人総合では3位ながら、種目別決勝では、スティック、ロープで金、リング、クラブで銀という「3日目の個人総合優勝」を成し遂げた尾上達哉選手の演技はまさに、技術と表現力が最高レベルで融合した「芸術品」だった。

3日目の演技を見て、個人総合で優勝できなかったことでどれほど彼の落胆が大きかったか改めてわかった。

尾上達哉は、優勝できるだけの準備をしてきたんだ。

力を出し切ればきっと勝てる。そこまで演技を高めてきていた。

ただ、個人総合では「出し切れなかった」。

しかし、それを糧にできるだけの精神力を彼は持っていた。

1種目目のスティックでもはや「神がかり」レベルの演技を見せ、1つ目の金メダルを獲ったとき、「もうHP残ってないんじゃないか」と感じた。

それほど全力を出し切った演技に見えたのだ。

あとの3種目ダメだったとしても、このスティックが見られただけも良かった! そんな失礼な思いも頭をよぎった。

が、彼のHPは次の種目になれば見事に回復し、4種目目のクラブではさらにパワーを増していた。

1年前、目の前にあった全日本インカレ優勝を後半種目の自滅で逃した選手がだ。

大学生になってからの尾上は、高値安定の選手で本当にどの試合でもいい演技を見せ、上位に確実に入ってきていた。

それでいて「頂点」にはなかなか手が届かない。一番もどかしく、一番悔しい位置にいたと思う。

だからこそ、「勝ちたい思い」は誰よりも強く、「誰よりも努力した」と言えるところまで自分を追い込んできたのだと思う。

皮肉なことにその思いの強さゆえに、個人総合では出し切れなかった。

しかし、個人総合での悔しさがあったからこそ、と思えるくらいに2023年10月29日の尾上達哉は、「鬼神」のような強さだった。

 

こんな選手が出てきたのも、現在の「やったことが評価される」「難しさが点数に反映される」ルールの公正さゆえでもあると思う。

この先もきっとこんな選手が増えてくる。

魅力だけもなく、技術だけでもない、より高いレベルですべてを兼ね備えた「男子新体操」の黄金時代は、これからだ!

※東本選手演技写真と集合写真は、2022年坂出工業高校での演技会のもの。(大村選手、堀選手、尾上選手、東本選手、海谷選手)

<写真提供:naoko> 尾上達哉選手(2023年男子クラブ選手権のもの)