「伸びやかにチャレンジ!」~芦北高校、ALL JAPANへ!

いよいよ全日本選手権が始まります。

今日の午前10時から、まずは女子団体総合1種目目「フープ5」が行われ、午後1時10分から男女個人総合前半種目AB班となります。

CD班の演技が終わるは、午後7時半と安定の長丁場ですが、日本一が決まる大会がついに! と思うとワクワクが止まりません。

 

私ごとですが、今年は、例年と違って大会の観戦も取材もほとんど行けませんでした。

九州在住なので九州内の大会だけはなんとか少し行けた、という感じでした。

なので、今年の全日本選手権は何年かぶりにとても新鮮な気持ちで見ることができます。

ライブ配信ではなんとか見ることができたあのチームやあの選手、あの演技、がやっと生で見られる~!

 

そんな「新体操欠乏症」気味だった今年の私にとって救いだったのが、我が家から車で1時間足らずで行ける熊本県立芦北高校の活躍でした。

5月の全日本団体選手権で優勝、インターハイでも3位入賞。もちろん、今回の全日本選手権にも出場します。

 

10月25日、芦北高校で「壮行演技会」が行われると聞いて、行ってきた。

放課後、同校の生徒、教職員、保護者などの前で、全日本選手権出発前の最後の通し演技を披露するというのだ。

練習が始まるという15時30分に体育館につくと、芦北高校の選手たちはじつにリラックスした雰囲気で楽しそうに練習していた。

1時間後には、演技を披露するという緊張や焦りはまったくなく、「遠足前の子どもたち」のようなワクワクした様子が感じられた。

 

演技会が始まる16時半が近づいてくると、校内放送で「新体操部が演技する」というアナウンスが流れ、他の部活をやっていた生徒たちもそれぞれのユニフォームのまま、体育館に集まってきた。

芦北高校は全校生徒数が400人未満の小規模校です。それを思えば、かなりの人数だ。

この小さな学校から「インターハイ3位」「全日本選手権出場」を成し遂げた新体操部の活躍は画期的であり、誇らしいのだろうと感じた。

この日、体育館に集まった人の中には、初めて男子新体操を見たという人もいたと思う。

普段の授業のとき、休み時間などに見る姿とはまったく違う選手たちの雄姿はきっとものすごくかっこよく、輝いて見えたのではないだろうか。

素人目にわかるような大きなミスはなく、迫力ある演技を通し切ったときに、観客から沸き起こった大きな拍手が彼らの演技のインパクトを物語っていた。

 

芦北高校の体育館は、2020年7月4日の豪雨災害で被災し、新体操用のマットも水没。選手たちは一時期、練習場所を失った。

当時の部員はすでに卒業してしまい、現在は花園大学や国士館大学や青森大学で新体操を続けている選手もいる。

現在の高校3年生は、当時、中学3年生だった。

あの年は、コロナでインターハイをはじめほとんどの大会が中止になった。

とくにジュニアは全日本ジュニアをはじめ、その予選大会もすべてが中止という散々な年だったのだ。

 

2019年の全日本ジュニアでは、団体競技で、水俣ジュニア新体操クラブが3位、JKA芦北ジュニア新体操クラブが6位。

一時期は、低迷していた熊本県の男子新体操だが、まずは芦北ジュニアが頭角を現し、そしてこの年は水俣ジュニアがその上にいくという歴史的な年だった。

現在の芦北高校の中心選手である木下直生は、2019年全日本ジュニアの個人総合で23位(47人中)。

このときはまだ「団体選手が手具を持って踊っている」レベルながら高いポテンシャルは示していただけに、中学3年でどこまで伸びるのか?

楽しみな選手だったが、彼には「中3の全日本ジュニア」はなかった。

 

「中3でも全日本ジュニアに出たいという気持ちは強かったので、なくなったときはショックだった」という木下だが、それでも新体操が嫌になったり、辞めたくなったりはしなかったそうだ。

「高校で頑張ろう!」そんな思いがかえって強くなった。

 

木下とは同級生の松園利玖もそれは同じだ。

中学生になってから新体操を始めた松園はまだ競技歴も浅かったこともあり、「高校で頑張る!」という思いを強くし、当時の水俣高校は、団体が組めなかったため、水俣ジュニアから芦北高校に進学した。

 

彼らが入学した年、芦北高校の監督は出来田和哉氏になった。

新体操での輝かしい競技実績を持ち、シルク・ドゥ・ソレイユやタンブリング競技など多彩な経験を重ねてきた出来田氏が、監督として初めてチームを率いたこの年、芦北高校はインターハイで4位と一気に優勝争いに絡める位置まで上がってきた。

出来田監督の若さと熱さが、選手たちの「高校ではジュニア時代よりも上にいきたい」という思いを引き出し、「強さ」を求められるチームになった。

2022年は、メンバーの故障もあり、インターハイでは5人編成となり12位だったが、その演技は鮮烈な印象を残した。

「芦北が6人そろっていたら優勝争いに加わっていただろう」と評する人も少なくなかった。

 

松園は、去年の3年生がジャパン出場を目指していながら、その夢が叶わず悔しい思いをしていたことを忘れていない。

だからこそ、「今年は絶対にジャパンに出たかった。去年の3年生のためにも」と言う。

 

木下と松園にとっては「勝負の年」だった今年、出来田氏は異動となり、芦北高校の監督は清本大介氏になった。

昨年から芦北高校で部長を務め、かつては水俣高校の監督も務めていた経験豊富な清本氏は、成熟期を迎えた今年のチームにうまくフィットした。

「俺についてこい!」という熱さではなく、チームと選手たちを見守る温かさのある清本監督のもとで、チームはより伸びやかに、明るくなった。

 

インターハイ前でも、ジャパン前でも、彼らには変な緊張はなく、いつも楽しそうなのだ。

練習はきついに違いないが、高校生という貴重な時間を「男子新体操」の部活に注いでいることが楽しくてたまらない、そんな風に見える。

「監督は伴走者でいいんじゃないかと思う」という清本監督ならではの雰囲気の中で、彼らはのびのびと力を発揮できている。

ジャパンでも、彼らは挑戦をする。

鍵は第一タンブリング。

「高校生の大会ではできないことにも挑戦しています」と、壮行会のときにも紹介されていたが、その挑戦もまた楽しんでやっていることがわかる。

そして、この日の通しでは、第一タンブリングは見事に成功していた。

 

「どのくらいやれるかな?」と自分に期待して、変なプレッシャーを感じずに挑戦することで、最大限の力を出すことができる。

今の彼らはそんな風に見える。

本番でもその力を出し切ってくれるんじゃないだろうか。

高校生としては最後の大会、ではある。

しかし、大学でも新体操を続けるという木下にとっても、地元で就職し地域の子どもたちの指導にも関わっていきたいという松園にとっても、ここはまだ通過点なのだ。

そう思えば、緊張しすぎる必要はない。

挑戦することに意味がある。

それが成功しても、失敗に終わっても、挑戦したことは必ず次につながっていくのだから。

芦北高校には、もう1人3年生がいる。

高校から新体操を始めた嶋田望慶だ。

ジュニア時代から全国レベルで活躍してきた選手たちと一緒に部活でやっていくのは苦労も多かったのではないかと思うが、

「もともと自分はあきらめ癖があった。でも、部活の仲間たちがいつも頑張っている姿、挑戦する姿を近くで見て、一緒にやってこれたことで、自分も頑張ろうという気持ちが強くなったし、勇気をもらった」と言う。

試合ではサポート役に回ることが多かった彼だが、そこでも学ぶことが多かった。そんな3年間だった。

 

コロナ禍があり、豪雨災害もあった。

あきらめたくなるようなことも少なくなかったはずだが、いつも前を向き、明るくここまで進んできた彼ら。

高校生最後の年に、しっかりジャパンをつかんだ彼ら。

そして、あきらめなかった彼らの後ろには、熊本県の男子新体操の復活をあきらめなかった多くの男子新体操OBの力がある。

 

10月28日(土)10時半から始まる男子団体総合予選の試技順12番。

芦北高校の集大成の演技に、注目したい。