2020年の豪雨災害を乗り越え、芦北高校(熊本県)、初優勝!~男子団体選手権

2023年5月28日。
東京体育館ではもう少しで男子団体選手権が始まる、という時刻に私は芦北高校の体育館にいた。芦北高校のライバルである水俣高校の練習を取材することになっていたのだが、前日になって「明日の練習会場は芦北高校です」という連絡をもらったからだ。
 
練習は午前中で終わり、午後からはJKA芦北ジュニアの小学生たちが練習する予定になっており、芦北ジュニアの代表である下田洋介氏が来ていた。現在の芦北高校の強さを支える芦北ジュニアが男子新体操の強豪クラブになっていく礎を築いた下田氏に「今日の団体選手権、楽しみですね。優勝もあるかもしれませんね。」と声をかけると、思いがけない言葉が返ってきた。
「私もコーチも監督も無理に出なくていいと思っていたんですが、子ども達が出たいと言ったらしくて。」
目指せ優勝! 勝ち取るぞ全日本選手権出場権! と言った意気込みはまったく感じられなかった。しかし、それでも「出たい!」と選手たちが言ったと聞いて、私は3年前のことを思い出した。今年の芦北高校のメンバーには3年生が2人いる。彼らは、中学3年生のとき、新型コロナと豪雨災害によって空白の1年間を余儀なくされた。
 
2020年。
インターハイも全日本ジュニアも中止になったあの年、テレビ朝日が「男子新体操オンライン選手権」という取り組みを始めた。全国から学校やクラブチームが一か所に集まって大会を行うことが無理ならば、オンラインで結んで全国大会をやろう! という画期的な大会だった。この年は高校生部門とジュニア部門があり、多くの高校、ジュニアクラブが参加。しかし、この大会の参加募集が情報公開されるのとほぼ同時期に、熊本県南部地域は線状降水帯による豪雨災害に見舞われ、芦北高校の体育館は浸水。マットや手具も失った。芦北高校を練習場所としていた芦北ジュニアも同様だった。
場所できないだけでなく、選手たちの中にも被災した家庭が少なくなかった。
正直、「新体操どころではない」状況だったのだ。
 
オンライン選手権の1週間後、テレビ朝日は全国の多くのチームから演技動画を集めスーパーエキシビションとして放送した。芦北ジュニアは選手権への出場は叶わなかったものの、このエキシビションに動画で参加していた。そのとき彼らは使える体育館がなく、学校の校庭で演技をしていた。被災した町の姿も映し出されたその動画での、そんな環境でも新体操をあきらめていない彼らの演技には胸を打つものがあった。
 
 2020年9月の芦北水俣合同演技会で演技するJKA芦北ジュニア
 
芦北高校は、このときのオンライン選手権に、ギリギリの判断で出場している。動画審査による予選を突破し、9月13日には、水俣高校の体育館を借りて決勝の演技を行い、その演技はオンラインで中継された。
豪雨災害からやっと2か月が過ぎたばかりだった。マットでの練習はほとんどできないままに迎えた本番。それでも彼らはそのときにできる最大限の力を出し切った。
 
※2020年芦北高校の記事⇒ https://note.com/rgkeikos/n/n27f5612d180a
※2020年男子新体操オンライン選手権での演技 ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=2ITVlxCrnz8&t=2181s
 
決勝の日、水俣高校の体育館には芦北高校、芦北ジュニア、水俣高校、水俣ジュニアの選手と保護者、地域の人達が集まった。オンライン選手権後には、合同での演技会が開催されたのだ。このとき、水俣ジュニアは前日に行われたオンライン選手権【ジュニアの部】で強豪・神埼ジュニアに次いで2位に入っており、いわば凱旋演技のような演技会だったが、芦北ジュニアは動画によるエキシビション参加のみで選手権には出ていなかった。この時、水俣高校の体育館ですれ違った芦北ジュニアの選手が「俺たちだって出ていれば…」と唇を噛んでいた姿が、私はずっと忘れられなかった。
2020年の夏、多くの人が多くのものを失った。が、当時、九州で神埼ジュニアに追いつき追い越せとばかりに力をつけてきていた芦北ジュニアの選手たちにとってのこの「空白の1年」はどんなにかもどかしく、悔しいものだっただろうと思う。
 
あれから3年が経ち、あの時、中学3年生だったジュニア選手たちは高校3年生になった。
今年入学してきた1年生たちにも、あのころ芦北ジュニアの団体メンバーだった選手もいる。コロナ禍と豪雨災害で、「いつも通りに練習できること」が当たり前ではないことを嫌というほど知っている選手たちなのだ。大会だって開催されるのが当たり前ではない。出られる大会ならば出たい! そう考えるのは道理だと思った。
ましてや今の芦北高校は力がある。「男子新体操団体選手権」という大きな大会で力を試したいと選手たちが思うのは当然だろう。
大会続きのこの時期での東京遠征は地方のチームにとってはリスキーではある。「無理に出なくても」という大人の考えも理解はできる。
が、選手たちは「出たかった」。
それだけ強い思いをもっていたのだ。
 
 
そして、その思いは本番の演技にも現れた。
倒立での惜しいミスはあったが、会場で見た多くの人をうならせたのは彼らの体操のもつ重厚感だった。高校生(それも3人は1年生)とは思えぬどっしりとした体操、力強いタンブリングは、今大会では「倒立のミスはあっても間違いなく芦北が一番!」と思わせるものだった。
試技順12番目で登場した彼らの得点は15.200。
終わってみれば、2位のチームに1点以上の差をつけての圧巻の初優勝だった。
 
 
芦北高校は、2015年に34年ぶりに団体でのインターハイ出場を果たした。
過去に新体操部が存在はしていたのだが、一度廃部になり、かつて男子新体操の名門だった水俣高校の監督経験のある牛迫大樹が赴任して同好会から再スタートしたのが2014年。当時はすでに芦北ジュニアはあったが芦北高校には新体操部がない時期が長かったため、ジュニア上がりの選手は入学してこず、高校始めの選手たちを鍛え上げてなんとか団体を組んでいた。
 
※2016年芦北高校の記事⇒ http://gymlove.net/rgl/topics/report/2016/08/06/2016-63/
 
 
徐々にジュニア上がりの選手たちも増え、力はつけてきていた芦北高校だが、ジュニアでの成績に比べると高校では今ひとつ伸びきれない時期もあった。男子新体操のチームとしては知名度のない「芦北高校」は、いざ全国大会の本番になると井原や青森山田、神埼清明などの強豪校の前に気おくれしているような、そんな風に見えていた。
 
そんなチームが生まれ変わる契機になったのが、2020年だった。
 
 
芦北高校の新体操部を復活させた牛迫氏は、2021年に異動になった。
その後を継いだのが、水俣高校がインターハイで最後に優勝した2002年の団体メンバーだった出来田和哉氏(国士舘大学⇒シルク・ドゥ・ソレイユ)だ。彼が非常勤講師として芦北高校に赴任しチームを率いるようになり、選手たちの「勝ちたい」という気持ちに火をつけた。
2020年の豪雨災害時に全国の人たち、新体操の仲間たちから多くの支援を受け、自分たちが新体操をできることのありがたさを感じていた当時の選手たちは、「自分たちの演技で恩返しがしたい。被災地である地元にも元気になってほしい」という思いが強かった。
その思いが演技に乗り移りエネルギーとなり、この年の芦北高校は見違えるようなアグレッシブな演技を見せた。そして、2021年のインターハイでは4位と、表彰台こそは逃したが、彼らの演技は強い印象を残した。
 
※2021年芦北高校の演技⇒ https://www.youtube.com/watch?v=1GT_Vd28sz4
 
2022年には、2001年に水俣高校がインターハイで優勝したときの監督である清本大介氏が芦北高校に異動してきた。指導での現場を離れていた期間、全国レベルの大会でも審判業務を数多くこなしてきた清本氏が顧問となり、現場での指導は出来田氏が担った。前年のインターハイ4位を上回る成績も期待できそうだったこの年の芦北高校は、選手の怪我でインターハイは5人での出場となり12位。それでも、「6人揃っていたら優勝候補だった」と言わしめるチームに成長していた。
 
 
2023年、昨年の全日本ジュニアで団体準優勝を果たした芦北ジュニアから新入生が入り、部員が8名になった。出来田氏は異動になってしまったが、江口和文氏が外部コーチとして現場を支える体制も整った。江口氏は、2002年の水俣高校団体のキャプテンで、福岡大学で選手として活躍。卒業後には福大の監督を務めていた。故郷である熊本に戻ってきてからは、芦北ジュニアでも指導をしてきた。現在、芦北ジュニアのヘッドコーチを務めている山田康光氏は、江口にとっては水俣高校時代の1年後輩。水俣高校最後の栄光の時代を知っているOBたちが、今の芦北高校を支えている。そして、この先もこの地に男子新体操を根付かせるべく種を蒔き続けている。
 
 
※2015年芦北ジュニアの記事⇒ http://gymlove.net/rgl/topics/club/2015/10/09/jka/
※2016年芦北ジュニアの記事⇒ http://gymlove.net/rgl/topics/report/2016/10/11/2016jka/
 
 
今回の団体選手権優勝で、「いざインターハイ優勝も!」と勢いづいているかと周囲からは思われているだろう芦北高校だが、じつはまだ彼らにとってはまずは「インターハイ出場」が目標だ。
なぜなら、6月4日の熊本県高校総体では、男子新体操の古豪・水俣高校が2013年以来10年ぶりに団体を組み、芦北高校とインターハイの出場権を争うことになっているからだ。水俣高校も昨年の全日本ジュニア団体4位の水俣ジュニアからごっそり新入生が入っており、芦北高校にとって侮れない存在だ。
 
優勝の歓喜に浸る間もなく、おそらく日本一熾烈なインターハイ出場権争いとは!
しかし、そのハードささえも、3年前の空虚さを思えば楽しめるのではないか。
「出たいです!」と言って出場を敢行した団体選手権で見事優勝してしまう、そんな勢いが今の芦北高校にはある。
 
6月4日の水俣高校との激突が、楽しみでたまらない。
 
<写真提供:芦北高校新体操部>