映画「バクテン!!」公開へのカウントダウン企画⑧~2010 ALL JAPAN至高の対決

男子新体操、 2010年を締めくくる至高の対決
北村将嗣 vs. 大舌恭平


(スポーツナビコラム 2010年12月 25B掲載)


■きん差の接戦 ぶつかりあった、二つの魂
 

 2010年11月20日、 第63回全日本新体操選手権の2日目。 男子個人総合では、前半2種目を終えて、今年度学生チャンピオンの大舌恭平 (青森大)と、2007年にすでに一度全日本チャンピオンになっている北村将嗣 (花園大) の2人が、 18.900の同点で首位に並んでいた。


 

北村と大舌、二人の戦いは全日本の頂上決戦にふさわしいものとなった。迎えた2日目、大舌はクラブの試技順1番でフロアに登場した。 クラブは大舌の良さが最もよく見える作品。 一つ一つの動きに「自分の良さを見せつける」という意思が感じられる強い演技を完ぺきにこなし、その時点での最高得点となる9.525をマーク。 まるで、「勝つのは俺だ!」と宣言するかのような演技だった。
 対する北村のクラブの演技は、フラメンコギターの調べにのった芸術性あふれる演技で、 手具のキャッチひとつにまで曲に合わせた表情が感じられる。 大舌が見せた「勝利への執念」とは、対極にある「自分の表現の世界に入り込む」演技で、 得点は9,500。 大舌が一歩リードした。
 最終種目のローブは、 大舌が先に演技を行った。 大舌がこだわり続けてきた体の線、とくに脚の美しさを存分に見せる演技だったが、痛恨の落下が1回あり、 9. 325に終わる。 この時点で、 北村は最終種目で9.350以上を出せば優勝という優位に立った。 9. 350は北村には十分可能な点数である。 が、 それだけにこの局面で、 平常心で演技することは難しいのではないか、そんな展開になった。
北村のロープは、少しゆっくりしたピアノの旋律で始まる。 しかし、どんどんスピードが上がっていき、 彼独特の息もつかせぬような手具操作が次々と繰り出される。 一瞬でももたつくところがあれば、演技全体の印象はぐんと落ちてしまう、そんな作品だが、この一世一代の勝負が懸かった場面で、北村のローブには寸分の狂いもなかった。 どこまでもと手具とが一体となった軽やかな演技は、9.525 という高い評価で、北村将は2007年に続いて2度目の全日本チャンピオンになった。
ロープの演技を終えてフロアマットから降りるとき、北村はマットに手をついて何かをつぶやいていた。それから今度は、審判に対して、観客に対して誰よりも深く頭を下げ、「ありがとうございました」と大きな声で言った。このとき、 大学生活最後の一番大事な試合で最高の演技をさせてくれたすべてのものに彼は感謝しているようだった。

■北村が戦った“欲”


表彰式後のインタビューで北村は、「個人的には新体操に点数って必要なのかな? と思います。 一人ひとり違うことをやっているのだから、順位なんてつけられないんじゃないかと」 と言った。 もちろん、勝てばうれしい、負ければ悔しい、 でもそれだけが価値ではない。 「曲はBGMではないので、ちゃんと動きや操作が曲に合った演技がしたい。 それも、 人とは違うことをやりたい」 と言う北村。 演技構成を考えるのが得意で「手具で遊んでいれば演技はできます」とも言う。 本当に新体操が好きで好きで、好きでここまできたのだろうということがよく分かる。
 それでも、ときに“勝ちたい気持ち” にのまれそうになる、だから、 今大会では意識的に途中経過をまったく耳に入れないようにしてきたのだそうだ。 「無欲」な状態をつくるように努め、「勝つことよりも、応援してくれた人たちに自分の成長を見せられたらいい」という気持ちを大切にした。 その結果、 今大会での彼の演技はどこまでも自由に躍動し、 そこに「勝利」は舞い降りた。


■大舌にみなぎっていたエネルギー
 

 一方、 きん差で準優勝となった大舌は、 この結果を「正直悔しい」と言った。
 インカレでは北村を抑えて優勝しているだけに、 彼はこの大会での優勝を狙っていた。 本来は大舌も「一番重要視しているのは表現。 曲のイメージに合った動きを考え、 曲とマッチする演技をつくるのが一番難しくて、 楽しい」 と言うような選手だ。 また、 自分の個性へのこだわりが強く、「自分だから見せられる人とは違う良さをアピールして、 会場を沸かせたい」と語るように、大舌のモチベーションは常にそこにある。


 

しかし、その大舌が今回の全日本では「勝ち」にこだわった。 北村とは対照的に、 大舌は“勝ちたい気持ち”を正直に出した演技を見せた。 だから、この大会での大舌の演技にはすさまじいほどのエネルギーがあった。 大きな身体、 広い可動域を生かしたダイナミックな演技が持ち味の選手ではあるが、 この大会での演技は、 周りの空気を熱風に変えるほどのパッションにあふれていた。 「チャンピオンにふさわしい」という説得力は大舌の演技にも十分あった。

 勝負のあや、時の運。 個人総合での北村との差はそれだけだったように思う。
 現に3日目の種目別決勝では、3種目を大舌が制した。 唯一優勝を逃したリングでも1位の北村とはわずか0.05差。 もう少しで4種目を制覇する勢いだった。
 2010年は、 男子新体操にとっていい年だった。 テレビドラマ化、舞台化で認知度もあがり、全日本選手権でもかつてない観客数を集めた。そして、 北村将嗣、 大舌恭平という2人のチャンピオンの至高の戦いを、今シーズン最後の大会で見ることができた。

 「男子新体操の魅力、可能性」を多くの人に知ってもらうことができた2010年、男子新体操の本当の勝負はこれからだ。

~映画「バクテン!!」公開まであと24日~

※映画公式サイトはこちら。 ⇒ https://bakuten-movie.com/

TEXT:Keiko SHIINA