映画「バクテン!!」公開へのカウントダウン企画⑦~2010中田吉光&臼井俊範インタビュー

 4月に放送が始まったドラマ「タンブリング」は、残念ながら視聴率的には成功とは言えなかった。しかし、ゴールデンタイムのテレビで「男子新体操」を扱ったドラマが1クール放送されたことの影響は大きく、このコラムも、ドラマの放送がなければおそらく通らなかった企画だと思う。

 当時、青森大学新体操部監督だった中田吉光氏と、NPOぎふ新体操クラブ(大垣共立銀行OKB体操クラブの前身)の監督でアルフレッサ日建産業に社会人チームを誕生させた臼井俊範氏へのインタビューを通じ、2010年このときの男子新体操の置かれている状況が描かれている。このときはまだシルク・ドゥ・ソレイユには男子新体操は採用されていないが、すでに「ショービジネスでなら成功できる」という話も出ているのが興味深い。

 臼井氏が目指していた社会人選手の増加は、企業チームの増加という意味ではいまだ実現には遠いが、様々な形で続ける社会人選手は増えつつある。臼井氏の息子で、ジュニア~大学で何度も日本一を経験してきた臼井優華選手も、社会人となった今も現役で全日本選手権にも出場し続け、現在は朝日大学の選手たちを率いている。

 この記事は12年前のものだが、当時とはかなりいろいろなことが変わっていることに驚く。男子新体操のルールも、2015年に大きく変わり、毎年のように少しずつ見直されている。2015年以前はかなり長くほとんどルールは変わっていなかったことを思うと、様変わりしたものだと思う。

 これが「進化」や「普及」につながっていくことを期待したい。

「スターを生み出したい!」 男子新体操の挑戦

(『スポーツナビコラム』2010年6月18日掲載)


 5月に行われた新体操の全日本ユース選手権。 同じタイミングで、 男子の第1回団体選手権が開催された。 日本で発祥しながら、 2008年を最後に国体種目からも外れるなど厳しい状況にある男子新体操。 しかし、 男子新体操をテーマにしたテレビドラマ「タンブリング」の放送、 ダンスイベントへの出演な。ど、 少しずつ注目度は高まっている。


■「男子新体操からスターを生み出したい」 ~中田吉光氏の挑戦
 

 「ぼくらが現役のころは、 新体操をやっていますと言えませんでした」 と、 青森大新体操部監督の中田吉光氏は言う。
 「女子と混同されて、 『リボン回すの?』とか、『レオタードで踊るの?』 と必ず言われましたから。 男子新体操だって歴史あるスポーツなのに、と悔しい思いを何度もしました。 そして、なんとかこの偏見をとっぱらいたいという気持ちをもったまま指導者になったんです」
 現在は、日本体操協会でコーチ育成部にも所属しながら、 審判部副部長も務める中田氏だが、 指導者として活動するなかでも、厳しい現実にうちのめされることも多かった。 とにかく新体操を始めてくれる子が少ない、そして、続かない。 男子新体操選手としてもっとも円熟する大学生まで続ける子はごく稀(まれ) だった。
 「新体操を続ける先に夢が持てないんですね。 大学まで新体操で活躍できたとしてもその後は指導者以外の道がない。 それでは続かないのが当然です。 だから、 男子新体操からスターを生みださなければならない、と考えるようになりました」


 

 中田氏は、02年に青森大に新設された男子新体操部の監督となり、03~07年には全日本5連覇を成し遂げる。 さらに近年は、 清涼飲料水のCMやダンスイベントへの出演など、芸能活動にも積極的にうって出ている。
 「魅力のある新体操部を大学につくること、 さらに、 新体操の先にこういう道もあるという夢を見せて、 目指すものを作ることが絶対に必要だと思ったからです」
 そのもくろみは、現実のものになりつつある。 ドラマ「タンブリング」の撮影に、 青森大が登場した際には、イケメン俳優目当てで集まってきていた多くの若い女性観客も、 その演技に息をのみ、 拍手喝采(かっさい)だったという。 ダンスイベントでも、着実にファンがついてきており、登場時に黄色い歓声が上がるようになってきた。中田氏の教え子たちは、 男子新体操界以外のところでも、あこがれのまなざしで見られるようになってきている。

  その影響は、先日(5月29~30日)に行われた「ユースチャンピオンシップ」での、ユース層の演技にも見られた。 数年前まで、 高校生の男子新体操の演技は、 どこか照れくさそうだった。 それが、 今では、 技術の向上もさることながら、 表現力が飛躍的に伸びた。 彼らの演技からは、自分たちのやっていること(=男子新体操)は「かっこいいものなんだ!」という確固たる自信が見えるのだ。
 これは、 本気であこがれ、 目指せる見本が数多く現れ始めたことに起因しているに違いない。 中田氏が目指してきたものが、ようやく形になってきたとも言えるだろう。


■ 「社会人でも続けられるスポーツに!」 ~ 臼井俊範氏の挑戦


 一方で、 「男子新体操はほとんどの選手が大学までしか競技を続けられないことに問題がある」 と、 社会人選手を増やすことに活路を見いだそうとしているのが、 臼井俊範氏だ。
 NPOぎふ新体操クラブの代表として、 多くの男女新体操選手を育成する傍ら、日本で唯一の社会人新体操チーム 「アルフレッサ日建産業」の創設にも奔走した。 現在、日本体操協会で企画研究部副部長を務める臼井氏は、大学卒業後に就職した会社で、新設された新体操部のコーチ兼選手として35歳まで現役を続け、社会人大会にも出場していたという。

  自分自身の経験から、 「男子の新体操のピークは27~28歳。 22歳でみんな辞めてしまうのはもったいない。 就職してからも、もっと長く現役を続けてほしいんです」 と思いを語る。
 そして、もっと多くの企業に新体操部ができることを理想としつつも、必ずしもそれだけが新体操を続ける方法ではないと臼井氏は言う。


 

 「自分の入った企業で、 競技活動を続けることを認めてもらう方法はいくらでもあるんです。 入った会社に部を作ることだってできます。 大学卒業後も、ちゃんと企業に就職して、 新体操を続けるという道もあるということを示していければ、 新体操では食っていけないから辞める、ということはなくなるはずです」
 また臼井氏は、競技人口の多くを高校生に頼ってきたバランスの悪さも変えていこうと、 ジュニア層の育成にも力を注いでいる。 女子の新体操では全国トップレベルのNPOぎふ新体操クラブだが、 男子ジュニアの会員も年々増加し、 80人に達した。 レベルも上がってきており、 全国クラスの選手も多く輩出し始めている。
 かつては、 高校で始める選手がほとんどだった男子新体操では、ジュニアの指導方法がまだ確立していないのだそうだ。 女子で培ってきた経験を生かしたNPOぎふの指導力は、 男子新体操のジュニア育成にも大きな力になるに違いない。

■危機感の高まりが原動力に


 そもそも男子新体操は、日本で発祥したスポーツ。 全日本選手権には、団体は1960年から、 個人は1971年から登場し、女子との歴史は10年と違わない。 「国際化」 の夢もあり、 それに向けての活動も行ってきているが、 海外での評価は 「競技として国際化するのは難しい。 ショービジネスでやればきっと成功するだろう」というものが多いという。 つまり、男子新体操では世界選手権や五輪を夢見ることさえ許されない。 現在も競技人口1000人たらず。 08年を最後に国体種目からも外れ、このままでは消滅してしまうのではないか、と言われているマイナースポーツなのだ。

 それでも、中田氏や臼井氏以外にも、 男子新体操には各地に名物指導者がいて、それぞれに個性豊かで、 実績も挙げてきている。 考え方やアプローチ法は、 人によって違うが、共通しているのは「男子新体操を盛り上げたい」 という気持ちだ。 当然、ライバル関係もあちこちに存在するが、その関係を超えたところで、「男子新体操の発展のためなら」と手を組める。 その柔軟性と一体感が、 今の男子新体操の勢いの原動力のように思える。
 「08年を最後に、 国体種目から外れたことが大きなきっかけになったと思います。 高校生たちの目標が一つ消えたわけですから、 ただ、 そのままにしておいたら競技人口はますます減り、消滅してしまうんです。 なんとかしなければ、という現場の危機感は強まり、 それがCM出演などにつながった面もありました」 (中田氏)


■ 「見る人の心を動かしたものがいいもの」という分かりやすい評価


 国体での休止が決まるのと前後して、協会内の体制刷新もあった。「そのころから、 男子新体操は確実に変わってきました。 演技の評価も変わってきたと思います」と臼井氏は言う。 男子新体操のルールは、日本国内で決められ、 国際ルールのある女子に比べるとかなりゆるやかだ。 どの技をやれば何点獲得、ミスがあれば何点減点という基本的なきまりはあるが、 いわゆる 「芸術性」 の評価は、見る人の感性に委ねられている部分が多いというのだ。
 男子新体操への注目がここ数年高まってきた大きな理由は、ここにあるのではないだろうか。 「見る人の心を動かしたものがいいもの」だという評価のシンプルさが、 男子新体操には色濃くある。 だから、 男子新体操では、見た人が受ける印象と審判員が付ける点数との差異があまりないのだ。 そこが、 年々難解になっていく女子の新体操の採点と大きく違う。
 「人の心を動かしたものがいい」という評価がなされるから、それぞれのチーム、選手たちは創意工夫する。 団体競技では、ほれぼれするようなダンサブルな動きで魅(み)せるチームもあれば、 人の上に人が重なって3段タワーを作ったり、飛び越したりする 「組み技」を追究するチームもあり、 サーカスのような動きを組み込んでくるチームも出てきた。 はじめは「これは認めるべきかどうか」と物議をかもすこともあっただろうが、 徐々にいいものはいいと認められてきた。 そして、10年前とはまったく違う、「魅せるスポーツ」に男子新体操は進化した。 だからこそ、 注目されるようになったのだ。
 もちろん、多くの関係者の働き掛けがあったことは事実だ。 しかし、いくら働き掛けたところで、 実際にその演技を見た人の心が動かなければ、 CMもドラマもダンスイベントも実現しなかったはずだ。
 男子新体操を見ることができる大きな試合は、年内では8月の高校総体 (沖縄)、 全日本インカレ (青森)、 10月の全日本ジュニア(東京)、 そして11月の全日本選手権 (東京) となる。
 ぜひ、一度会場に足を運び、 その魅力に触れてもらいたい。 フロアマット上で繰り広げられる演技の素晴らしさもさることながら、 絶滅危惧(きぐ) 種になりかけた「男子新体操」というスポーツの未来を、多くの人たちが必死になって切り拓(ひら)こうとしている、 その空気にも感動できるに違いない。


■男子新体操とは
個人競技は、 クラブ、ロープ、リング、 スティックの4種目。団体競技は6人1チームで実施し、 手具を使わず徒手で行われる。


 

~映画「バクテン!!」公開まであと25日~

※映画公式サイトはこちら。 ⇒ https://bakuten-movie.com/

TEXT:Keiko SHIINA