2012全日本社会人選手権 男子 一千会

選手やチームについて記事を書く場合、たいてい「違い」を探す。その選手やチームの秀でているところ、チームの背景、練習環境……そういったところから、特筆すべき点を取り上げる。だがこのチームの場合、その違いはあまりにも明らかだった。水俣高校OBで結成された「一千会」の団体チームリーダーであり、個人でも出場を果たした杉迫一樹は、新体操史上初の車いす選手だった。

 

こうなると、どうしてもそこに特殊なエピソードや美談を探してしまう。だがそこにあったのは、ありきたりで、それでいてかけがえのないものだった。

一千会というチーム名は水俣高校の部旗に記されている「一技千回」に由来する。様々な世代の水俣高校OBで構成される一千会は、以前から社会人大会に出場していたが、杉迫が出場したのは今回が初だ。

 

もともとは、杉迫の「車いすで大会に出場したら、話題になるかなぁ」というさりげない発言がきっかけだった。今でも親交の深い水俣高校OBたちによる、飲み会の席でのことだった。

 

大学に入って間もなくにケガを負い、それから車いすで生活するようになった杉迫は、選手として活躍したのは高校時代がメインだ。だが車いすになってからも動きたいという思いはあり、実際に2009年にも社会人大会に個人でエントリーしていた。その時には体調不良のために出場がかなわず、周囲からは「どうして出なかったの」と棄権を惜しむ声もあった。

 

それから3年。最近になって年齢的に動けるリミットを意識するようになっていた。できるうちに出場したいということをポロリと口にしたところ、周囲のOBたちはすぐさま「やろう、やろう」と乗り気になった。

 

メンバーは杉迫やその先輩である松田邦博、後輩の山田康光、梅田恭平といった現在も熊本に住むメンバーを中心に、福岡大で監督を務める江口和文、それから花園大でコーチを務める森田英嗣の6名。京都に住む森田とは練習をともにできないため、森田のポジションは今回、一千会で個人選手として出場する竹下洋介に入ってもらって練習した。

 

熊本と福岡、京都でそれぞれに練習を重ね、進み具合はビデオを送りあって確認した。京都から「いまこんな感じで練習してます」とビデオが届くと、熊本の選手たちはそれを見て「もうこんなに進んどる」と発奮した。

 

結局、森田とは大会当日の直前練習まで一緒に練習することはかなわなかったが、それでも、それぞれに新体操経験は長い。そもそも皆、インターハイで優勝経験のあるメンバーばかりだ。団体演技に関してそう不安はなかった。

懸念する点があるとすれば、杉迫の体の調整だった。杉迫はへそから下の感覚がない。実は2009年の棄権も、そのことにより下肢のケガに気付かず、壊死してしまったことが原因だった。へそから下が不自由なため、腹筋にもうまく力が入らない。そのため両手を上に挙げる、新体操でいう「上挙」の動きをすると、バタンと体が倒れてしまう恐れがある。それを演技では身体の重心を前にすることで調整し、持ちこたえる。

 

加えて、杉迫の下肢には「痙性(けいせい)」という症状があった。これは麻痺している部分が勝手に動き、痙攣したようになることを言う。本人の意思とは無関係に起こるため、激しい時には手で抑え込むしか方法がない。これを起こさないように、車いすで座る位置を調整する必要があった。また、団体演技では杉迫が山田に抱えられる技があるのだが、これにも注意が必要だった。抱える位置によっては膝がこわばったように伸びてしまい、そうなってしまうと脚の自由が利かなくなる。「膝の下を持たんといかんから、気を付けてね」と練習からメンバーに注意を促していた。

 

そうして迎えた社会人大会。団体2部で出場した一千会は、団体演技の最後に登場。フロアの前に立つと、チームリーダーの杉迫が手を挙げて返事をした。

 

演技は福岡大が2011年の西インカレで披露した、「蛍」を原曲にしたもの。壮麗な曲に繊細な動きが合わさり、どこか憂いを感じさせるような雰囲気のある演技だ。実はこの演技を選んだ理由は、「最近のもので、反響があったものを」という比較的単純なものだった。しかし、この選択がよかった。

演技が座った状態、つまり「座」から始まることで、車いすは隊形によく馴染んだ。音楽が流れだすと、ゆったりとした曲調と車いすのフロア上を滑るような移動、滑らかなターンが実によく調和した。他の選手が車いすに手をかけて側転するシーンでは、車いすにブレーキをかける様子すら、流れるような演技を構成する動きのひとつだった。

 

それは車いすという違和感を失くそうとする演技でも、ハンデを克服するという演技でもなかった。車いすはこの演技を構成するうえで必要な、ひとつの要素だった。「魅せられる演技をしようと思って」。まさに、そう話していた杉迫の言葉通りの演技だった。

演技を終えてフロアを出るや否や、選手たちは待ちきれないとばかりにガッツポーズを掲げた。メンバーは杉迫を囲んで肩を組み、健闘を称えあった。演技をやり遂げた達成感と、同じ高校の卒業生でチームを組めた喜びとを噛みしめていた。それはどんなチームにもあるありきたりな、それでいてかけがえのない感情だ。

 

その日の打ち上げで、彼らは30回以上も演技のビデオを見た。酒を飲みながら「おお、完ペキやね」と何度も話した。そんなところもきっと、ほかの団体チームと変わらない。何も違わない、素晴らしいチームだ。

 

text by Izumi YOKOTA

 

 

一千会の演技動画

http://www.youtube.com/watch?v=pPUPBlesHCs