2017全国高校総体に向けて⑦~尼崎西高校(兵庫県)

いよいよ今日、2017年の高校総体新体操競技が始まる。

初日は個人競技だが、2日目の団体競技、とくに男子は昨年に続き、激戦が予想されるが、その口火を切るのは、今年が2回目の出場となった尼崎西高校(兵庫県)だ。

伝統校の多い男子新体操では、初出場校は珍しい。今年は福岡舞鶴高校が初出場だが、昨年が初出場だったのが尼崎西高校だ。

監督の大江誠は、西宮今津高校から中京大学に進学し、新体操を続けてきた経歴の持ち主。高校時代には目立った実績はなかったが、大学では団体選手として活躍し、4年のときには西日本インカレ、全日本インカレ、オールジャパンでの優勝も経験した。

卒業後は、母校・西宮今津で教職に就き、新体操部の指導にもあたった。2001年から監督となり、2004年には高校総体出場を果たした。その後、2008年には南甲子園体操クラブの立ち上げに関わり、男女問わず、体操をやりたい子ども達を集め、その中から男子新体操をやろうという子どもを発掘、ジュニア選手を育成してきた。南甲子園体操クラブは、2008年から試合に出場し始め、高校でも新体操を続ける意思のある選手は、西宮今津に来てくれれば、という体制が整いつつあった。それまでは、高校から新体操を始める初心者でなんとかチームを組んで苦労していた大江監督にとっては、ジュニアからの育成は夢だった。その夢がやっと実現しつつあった2011年、突然、尼崎西高校へと異動になった。

この年は、これまでになくチームの状態もよく、高校総体に向けて頑張っていた最中の転勤に大江は大きなショックを受ける。新体操部もない尼崎西高校で、自暴自棄になりかけたという。

しかし、当時の教頭から「ここでも新体操をやればいい」と促され、近隣の子ども達対象のジュニアクラブを立ち上げることも賛同してもらった。隣の小学校へのビラ配りにも同行してくれたこの教頭のおかげで大江は、「置かれた場所(=尼崎西高校)」でもう一度、男子新体操の種をまき始めた。このときに立ち上げたのが清流会だ。「清流会」というジュニアクラブらしからぬ名称は、尼崎西高校の校歌の冒頭にある「清流」からとった。水俣高校のOBたちが作っていた社会人チーム「一千会」がかっこいい、と思っていたため「清流会」と名付けたそうだ。

尼崎西高校に男子新体操部が正式に部として発足したのは2013年。今年で5年目になった。

大江は、西宮今津には10年間いた。しかしジュニアを立ち上げたのは、8年目だった。それが尼崎西では、初年度からジュニアも手がけた。いったんは無になったと感じていた西宮での経験がここで生きた。尼崎西では、短期間のうちに清流会育ちの選手が進学してくるという形が出来上がった。今年の尼崎西の団体メンバーは、6人中4人が中学生のときに清流会で新体操を始めた選手たちだ。3年生の玉置は、大阪のコヤマスポーツで新体操をやっていたが、当時はまだ高校総体出場もしていなかった尼崎西を選んで進学してきてくれた。

近畿以外の人には無名だった尼崎西高校の存在がクローズアップされたのは、2016年1月に行われたテレビ信州杯だった。あのとき、「尼崎西」という聞いたことのないチームが見せた美しく、かつ迫力ある演技は、観客の度肝を抜いた。「これは来る」と思っていたところ、高校総体にも初出場。史上稀にみるハイレベルな大会だったため、順位は奮わなかったが、初出場ながら見劣りのしない演技を見せ、存在感をアピールした。

その尼崎西高校が、今年も高校総体に出場する。ジュニアから活躍していた岩渕緒久斗も加入している。これは楽しみなチームに違いない。

7月25日に尼崎西高校を訪ねたが、この日も練習場にはジュニア選手たちがいた。高校生が高校総体に向けて演技の仕上げに余念のない傍らで、ジュニア選手たちも井原カップに向けて自分たちの演技を繰り返し練習していた。現在の尼崎西高校の選手たちも、ジュニア時代からこうしてここでやってきているのだ。ジュニア選手同士も仲がよいが、高校生とも兄弟のようだ。

そんな弟たちの前で、兄貴分の尼崎西高校の選手たちが見せる団体演技は、素晴らしかった。高校総体では試技順1番。それがなんとももったいない気がしてしまう演技だった。

あくまでも印象として、だが、試技順1番は点数が低めに出てしまうことが多い気がする。かなりいい演技だったとしても、比較対象のないところで、思い切って高い得点を出すのは審判も勇気がいる。いわば「出し惜しみ」的な点数になってしまうことが多いのだ。

まだ2回目の出場の尼崎西高校は知名度が低い。

大会が始まったばかりの空気の中でかなりいい演技をしたとしても、点数は出にくいのではないかと思う。しかし、しっかり見ておいてほしいと思う。おそらく、上位チームにもひけをとらない演技を、尼崎西高校は見せてくれるはずだ。

彼らの演技は、とにかく「大きい」。

男子新体操にしては身長も高い選手が多く、中でも高い2人が組んで見せる肩上倒立は、もしや日本一? と思う高さがある。その高い高い倒立の上を跳ぶのは、中学までは野球をやっていたという2年生だ。肩上倒立の飛び越しだけでなく、組み系の技、高さの出る技には果敢に取り組んでいるが、動きが止まらないように工夫されている。移動の大きさも意識しているというだけあってスピード感のある隊形移動がふんだんに取り入れられているが、その中でさらっと組み技も行う、かなりスリリングな構成だ。

さらに、彼らは、演技中にかなりかかとを高く上げている。上下肢運動ではとくにそれが目立つが、体回旋も、あやうく足もとがふらつきそうなくらい大きく深く回す。

「ジュニアや高校生の間は、たとえふらついたとしても大きく動くことが大事だと思う。今のうちに体の許容範囲を広げておかないといけないので。それでミスが出たとしても、今はそれでいいと思う」と大江監督は言う。

西宮のころから、高校を卒業したあとも新体操を続けていく息の長い選手を育てたいと考えていた。選手としての花開く時期は遅くてもいいから長くやっていける選手になってほしいと思いながら、ジュニア、そして高校生を指導してきた。

その思いは今も変わらない。

だから、ジュニアの練習はかなり自由な雰囲気でやっている。

高校生の練習も、決して押さえつける雰囲気ではない。

「この子たちは、自分で練習できる子たちなので。」と大江監督は目を細める。つまり、そういう風に育ててきた、ということなのだ。

この日、主に曲かけをやっていた3年生の加藤直輝に対しての思いも特別なものがある。

 

「彼は、去年、高校総体初出場を決めたときの功労者なんです。出場権のかかった去年の近畿ブロック大会の直前に団体のメインを務めるメンバーが怪我をして出られなくなってしまった。そのとき、その穴を見事に埋めてくれたのが彼です。慣れないポジションで不安もあったはずなのに、本番ではしっかりやり切ってくれた。あのときの彼の頑張りがなければ、去年の初出場はなかったと思う。うちのスーパーサブなんです。」

今年はチーム状況や本人のコンディションの問題もあり、現時点では出場機会はなさそうだとのことだが、このチームにとっての彼の存在の大きさを大江監督は認めている。

今は、サポートに回ることで、おおいにチームの支えになっているのだ。

加藤のような選手も含め、今の尼崎西は、じつに一体感のあるチームだ。

多くの選手がジュニアから一緒にやってきているということも無縁じゃないだろう。

創部5年目。まだまだ新しいチームだが、今年は近畿ブロック大会でも初優勝という実績をあげた。

昨年の試技順は優勝候補だった神埼清明の次だった。「完全に埋もれてた」という苦い思いがあっただけに、試技順1番も「うちのような知名度のないチームにとってはラッキーです。強豪校に埋もれずに済む(笑)」と大江監督はポジティブだ。

 

8月12日、9時15分の競技開始直後、尼崎西高校は、後に続くチームの高いハードルになるような演技をきっと見せてくれるだろう。

 

PHOTO & TEXT:Keiko SHIINA