全日本選手権に向けて~男子新体操のパイオニア・岐阜県が紡いできたもの
本日、ついに2025年の全日本選手権が開幕する。
私が初めて新体操の全日本選手権を観戦したのは、2002年。約四半世紀前になる。
こんなに長く、新体操を見続けることになるとは、当時は思ってもいなかったのだが、人生とはわからないものだ。
20年以上新体操を見続けてきたが、男子も女子も新体操は今がもっとも競技として成熟しているように思う。
とくに男子は、この10年での技術の向上が凄まじい。女子には国際ルールがあり否応なく変化が求められる。そのときのルールによっては、やや新体操の魅力が損ねられる傾向が生じる場合もあるが次の改正では概ねそれは改善され、この頻繁なルールの見直しが進化を後押ししてきた。
対して男子新体操は日本独自のスポーツゆえに、ルールも日本で構築していくしかない。改正も日本で行うしかない。
そのため、長いこと男子新体操のルールは変わっていなかった。近年、最初の大きなルール改正が行われたのは2015年だった。
このとき、男子新体操は「10点満点」から脱却。当時は、競技開始年齢が下がってきており、かつては主流だった高校始めの選手たちと比べると、選手の能力は目に見えて向上していた。それをいつまでも「10点満点」で採点していたのでは、正しく差をつけることができなくなってきていたのだ。女子の新体操や体操競技ではとっくに「10点満点」は廃止されていたが、ついに男子新体操もそこに至ったのだった。
2015年以降は、それまでに比べると頻繁にルール改正(細かいものも含め)が行われるようになり、男子新体操はよりテクニカルな側面を強めてきた。
とくに近年では、2022年の改正が大きな変化だった。それまではなかった「加点要素」が明確になり、連続投げや背面キャッチ、手以外のキャッチなどで加点を稼げるようになった。それまでは手具操作にたけた選手しかやっていなかったこれらの操作に、ほとんどの選手が挑戦するようになったこの年は、それはそれは大会でのミスが多かった。落下ミスはなかったとしても、多くの選手の演技が手具操作に追われる印象になり、「男子新体操本来の良さ」が失われたと嘆くファンや関係者も少なくなかった。
しかし、それから4シーズン目となる今年、選手たちはこの「加点要素」をしっかりこなすようになってきた。キャリアの浅い選手たちではそうもいかないが、全日本レベルの選手ともなれば、ある程度の得点が見込めるだけの要素を組み込んだ演技内容をノーミスで流れを止めることなくやり切れるだけの力をつけてきた。結果、2022年以前と比べると、どの選手もよく手具が動くようになり、手具と融合した演技が数多く見られるようになった。
今でも、「最高の選手」「最高の演技」として2022年、あるいは2015年以前のものを挙げる人もいるが、そのころと今とでは、個人なら90秒の演技時間内でやっていることの手数が圧倒的に違う。「あのころ」の選手のほうが味があった、個性があった、かもしれないが、間違いなく技術力は今の選手たちのほうが上だ。
たしかに、「体操で見せる」「表現で魅了する」そんな演技は減ったかもしれない。しかし、それも、今年から導入された「芸術点」がうまく作用するようになってくれば、徐々に進化してくるだろうと思う。タンブリングや手具操作でより多くの加点をとれれば勝てる、というものではなくトップレベルの選手たちならば、そこに高い芸術性がなければ勝負できない、そんな時代がもうそこまできている。
2015年まで、旧態然としたままで変わる気配もなかった男子新体操がなぜこうも変化し、進化してきたのか。
そこには多くの関係者の尽力があったことは間違いないが、ひとつの大きな要因となったのは「岐阜の功績」だと私は思っている。
現在、朝日大学の監督を務める臼井優華氏は、2009年、中学3年生のとき、全日本ジュニアチャンピオンになっている。
中2までは、そこまで突出した成績ではなかった臼井だが、この年、凄まじい成長を見せ、当時の男子新体操では破格の高難度演技を見せ、ジュニアでは圧倒的な存在となった。
その後、高校時代もインターハイ連覇。1年下には、永井直也、小川晃平というタレントもおり、楽勝だったわけではないが、それでも勝ち切れたのは、技術力とパワーで臼井が抜けていたからだ。さらに、臼井の下にも当時のNPOぎふ新体操クラブ(OKB体操クラブの前身)には、高い技術を誇る選手たちがいた。2011~2013年に全日本ジュニア3連覇を果たした安藤梨友もその一人だが、当時の男子新体操界では、この岐阜の選手たちの技術は抜きんでていた。
とくに、タンブリングをしながらの手具操作は、彼らの強みであり、演技に凄みを与えていたが、当時のルールでは、それは明確な加点とはなっていなかった。タンブリング中に手具を動かさなくても減点にもなっていなかった。が、それでも、岐阜の選手たちは自分たちの「強さ」を証明するために、直接点数につながるわけではない技術を演技に組み込み続けた。結果、臼井も安藤も高校生の時点で出場した全日本選手権でも種目別決勝に残るなど、大学生にも劣らぬ得点をマークしていた。
現在、青森大学の監督を務める斉藤剛大氏も、同じタイプだった。2014年で競技生活を終えている斉藤氏の現役時代は、手具操作の難しさはほとんど得点に反映しなかったが、それでも彼は、「これでもか」と手具操作で見せる選手だった。斉藤の場合は、それが彼の「個性」であり、自分なりに考えた「戦い方」だったと思う。
しかし、岐阜ではそういう選手が量産されていた。なぜ岐阜の選手たちはジュニアのころからこんなにも強いのか? 当時、臼井俊範監督に聞いたときの答えは、「長くやっとる」だった。男子新体操の練習は、女子に比べると総じて時間が短い。少なくとも私が男子新体操を追い始めた2010年ころはそうだった。タンブリングや、団体の組み技などは、疲れた体で練習することが危険を伴うため、だと聞くと「なるほど」と納得していたが、手具操作ならば、危険を伴わずできるのではないか。それでも、団体中心の空気が強かった男子新体操では、長い時間練習するチームは少ない時代だった。
臼井優華氏は、ジュニア~高校時代には、団体を組めるメンバーに恵まれず、ほとんど団体を経験していない(高3のときに4人での団体はやっているが)。それだけに、臼井氏や1学年下の五十川航汰氏(彼も非常にテクニカルな選手だった)は、団体メインにやっている選手たちよりも、手具の練習をする時間は多かったのではないかと思う。
そして、当時すでに就学前から始めるのが当たり前になっていた女子が身近にあったNPOぎふでは、男子も小学校低学年や就学前から始める子が増えてきた。安藤梨友もその一人だった。
その結果、当時の岐阜の選手たちは、他県よりずっと長く、濃く新体操をやってきた。それが結果にもつながっていた。
男子新体操がシルク・ドゥ・ソレイユに採用されたのは2010年。
このことは、男子新体操の地位向上の大きなきっかけとなった。進化の後押しにもなった。
その2010年代の前半は、それまでの極めて情緒的なものからよりテクニカルで競技的なものへと男子新体操が変貌し始めた時期だった。
そして、それを牽引していたのは間違いなく岐阜だった。当時の岐阜の選手たちの演技に対して、批判的な見方をする人もいたことも知っている。
「男子新体操は技だけじゃない」そんな言い方もされていた。たしかにそれはそうだ。
しかし、岐阜の選手たちも決して「技だけ」ではなかった。どの選手にも強みもあれば弱みもある。臼井や安藤は、「美しい体操」で魅せるタイプの選手ではなかったが、体操にも真摯に向き合っていたと思う。そこに特化した選手ほど、そこが強みではなかっただけだ。
それでも、より難易度の高い演技を追究してきた岐阜の存在があったからこそ、同じ東海ブロックにあり、「岐阜の選手に勝たなければ全国への道がない」三重県の驚異的な進化があったと思う。
すでに3回、全日本チャンピオンになっているレジェンド・堀孝輔氏は、三重県のLeo RGの一期生だ。彼が男子新体操を始め、競技会に出始めたとき、そこには同世代ながら破格の強さを誇る安藤梨友をはじめとする岐阜の選手たちがいた。「あのレベルに勝てるようにならなければいけない」はじめからそんな状況で新体操を始めた堀の目指すところは自ずから高くなっていった。なにも最初から「日本一」を目指していたわけではないだろう。それでも、同世代のトップにならない限り、ブロック大会ですら勝てないのだから、上を目指すしかなかったのだ。そんな中で、堀も自身の強みにできそうな手ごたえを感じた手具操作に活路を見出していく。
そして、それが次の世代にも受け継がれてきた結果が、今の三重県の充実ぶりかと思う。
現在の状況は、三重県の台頭により、岐阜県は「東海の王座」から陥落したように見えるかもしれない。
が、それもすべて「岐阜」という男子新体操のパイオニアがいたからこそ、なのだ。
あのころ、たとえ点数にはつながらなくても、岐阜の選手たちが進化を止めずにいてくれたからこそ、堀孝輔があり、今の三重があり、今の男子新体操がある。
今年の全日本選手権にも岐阜県から多くの選手が出場する。
まずは、スーパー高校生・丸山一休(済美高校/OKB体操クラブ)。
今年の東海国スポでは、ミスを連発し悔しい演技となってしまった丸山だが、それでも19点台という高校生としてはかなりのハイスコアをたたき出せるのが、彼のポテンシャルの高さを証明していた。高校生というより、現在の男子新体操界ではスバ抜けた身体能力の高さを見せながら、演技の独創性もあり、ここにきて表現の面でも目を見張らせるだけの進境が見えてきた。丸山といえば、ジュニア時代は坊主頭で「一休さん」そのもののような時期もあったため、どこか幼い、少年ぽさが抜けない雰囲気があったが、急に大人になった。「凄いなあ、強いなあ」だけでなく、今年の丸山の演技は、「魅せる演技」に変容してきていた。全日本選手権ではさらに磨きのかかった、「大人の丸山一休」を見せてくれるのではないかと思う。
OKB体操クラブでは丸山の先輩にあたる岩田隼(中京大学)も、大学3年目の今年、充実の年を迎えている。高校時代にはインターハイも制している岩田だが、大学生になってからは大会でミスが出ることが多かった。ただ、テクニック優先に見えていた高校生のころとは明らかに違う「魅せる新体操」を模索している様子は明らかに見られ、ミスがなくなったら、大化けするのでは? という期待はずっとあった。そして、今年はその時がきた! そんな印象だ。岩田は、テクニカルな面だけでも十分上位に入っていく力はある選手だと思うが、大学生になってからの演技を見ると、「それだけで終わりたくない」という意思が見えていた。今年、そして来年の彼の演技にはおおいに期待してよいと思う。
今年の全日本インカレチャンピオンとなった田中千紗仁(同志社大学)も、高校時代、OKB体操クラブに所属している。もともとは愛知県で新体操を始め、愛知らしい美しく、柔らかさと華のある選手ではあったが、やや脆弱さもあった。岐阜には、「強さ、巧さ」を先に身につけ、徐々に「美しさや表現」が開花してくる選手が多いが、愛知出身の田中は、やや成長過程が違っていた。美しく、魅力的な選手ではあるが安定感に欠ける。自身のそんな弱さを、彼は岐阜で克服した。そして、大学進学後もその進化は止まらず、昨年の全日本選手権で見せたクラブは、それまでの田中にはないエネルギッシュな演技で、新境地も見せた。
ジュニア時代から大人びた雰囲気でクールな印象だった長瀬羚(朝日大学)も今年から大学生になった。そして、大学生では珍しい、団体個人の兼任選手を務める朝日大学のスーパールーキーだ。しかし、全日本インカレでは大会途中で負傷し、個人競技は棄権を余儀なくされた。本来なら団体での出場も難しかったはずだが、全日本選手権への出場が懸かっていたいたためだろう、怪我をおして長瀬は団体に出場した。結果、朝日大学は今回の全日本選手権に団体として初出場を果たし、長瀬もインカレでは得られなかった全日本選手権への出場権を男子クラブ選手権でもぎとった。怪我の回復具合が心配ではあるが、仮に今回の全日本がコンディション万全ではなかったとしても、今年の長瀬が見せた「熱さ」はこの選手のこれからへの期待を大きく膨らませてくれた。
そして、大学生になってから新体操を続ける場として岐阜を選んだ選手たちも2人、今回の全日本選手権に出場する。
森輝月(朝日大学)は、兵庫県の尼崎西高校出身。高校3年生のときは、全日本選手権も出場しているが、大学生になってからは遠ざかっていた。
スランプだったのかといえば、そうではないと思う。大学生になってからの森の演技を見る機会も多かったが、いつ見ても、誰よりもアグレッシブで運動量も豊富で手具捜査の手数も多く、ミスなく通った演技では「これはかなり点数が出そう」と感じたが、思ったほど点数が伸びない、そんなことが多かった。ミスが出てしまい点数が低いときは、あきらめもつくと思うし、次に向かっての課題もわかりやすい。が、ここ数年の森のように「いい演技だったんじゃないか」と思う演技でも点数が伸びない場合は、迷走しやすい。また、気持ちが落ちてしまうこともある。が、彼はそうはならなかったのだ、と今年の活躍を見て嬉しくなった。ルール改正により採点基準がより明確化した今年、ぐんと伸びた彼の点数は、この4年間彼があきらめず、自分を貫いてきたからこそたどりついた境地だと思う。全日本選手権でも、森輝月ならではの、思い切り120%! の演技を期待したい。
関戸銀児(朝日大学)は、今年、朝日大学に進学したピカピカの1年生だ。昨年は、あの三重選抜のキャプテンとしてチームを率いていた。
関戸も幼いころから新体操を始め、かなり小柄な選手だったため、リングにすっぽり入ってしまいそうな頃から、達者な演技をしていた。
演技にスピード感があるため、巧さは伝わってくるが、表現や美しさは今ひとつかな、という印象があったのだが、それが去年の三重選抜で一新した。
三重選抜の団体は、息をのむような美しさだったが、中でも際立って美しかったのがこの関戸だった。キャプテンは伊達じゃない、そう思わせる演技で彼はチームを引っ張り、同時に個人の演技でも、すっかり大人の表現を見せられるようになっていた。大学生になり、練習環境も変わった今年、いつも新体操に対する意欲いっぱいだった彼ならば、きっと大きく成長した姿を、全日本選手権で見せてくれるに違いない。
こうして、岐阜の選手たちを並べてみると、改めて、息が長いなと思う。また、岐阜以外から来た選手たちも、しっかりと岐阜で伸びていることがわかる。
昨年、朝日大学の4年生だった村地廉人もそうだった。ジュニア、高校でも一定以上の成績は残してきたOKB体操クラブ出身の選手だが、やや地味な印象があった。それが、大学生になってからはどんどん自身の演技の魅力を開花させ、全日本選手権6位入賞という有終の美を飾った。
「成長し続けたい!」そんな思いをもった選手たちにとって、岐阜は今でも聖地だ。
これまでの岐阜を支えてきた指導陣の熱意、環境がある限り、男子新体操にはやはり岐阜の力が欠かせない。
私はそう思う。
昨日、三重県がすごい!
という記事を公開していますが、三重が凄ければ凄いほど、この流れを作ってきた岐阜への畏敬の念が強くなり、とても長い記事になってしまいました。
すでに高崎アリーナに向かっている人、アリーナ前に並んでいる人などもいると思いますが、時間つぶしにでも読んでもらえれば幸いです。
<写真提供:naoko> ※田中選手除く