東京女子体育大学が見せた最高のレヴュー~2023研究発表会「新世界」より

11月5日に行われた東京女子体育大学の研究発表会から2週間が経った。

ずい分前のことのようにも感じるが、今でも、ふとしたときに頭の中にエンディングでの演目の曲が流れてくるときがある。

『新世界』をテーマに掲げた今年の東女の発表会には、そのタイトルのままクラッシック音楽の「新世界」(ドボルザーク作)も使われていたが、エンディングを飾ったのは、「美女と野獣」から「Be Our Guest」だった。

劇団四季のミュージカルにもなっている「美女と野獣」の中でもとびきり絢爛豪華で、ハッピーな空気をまとったこの曲を東女の新体操部員たちが歌い、踊ったのだ。

そう。

新体操の発表会としては画期的なことに、この作品で出演者たちは大きな口を開け、声を限りに歌いながら踊っていた。

音源は別に流してはいたそうだが、彼女たちはまるでミュージカルスターのように表情豊かに、全身全霊でこの曲を表現していた。

長い間、コロナ禍で多くのことが制限されていた。

彼女たちは、高校生あるいは大学生という貴重な時間の多くをコロナによって奪われ、たくさんの喪失感を味わってきた。

新体操なんてもういい! と思ったことも多かったはずだが、それでも新体操を手放さず、「今」を迎えた学生たちだ。

今年になってやっと、活動に新型コロナの影響を受けることはほぼなくなってきた。

多くの制限がなくなり、やっと自分たちのやりたいことに打ち込み、それを多くの観客の前で披露できるようになった。

東女の発表会も、コロナ禍でもなんとか開催されてはいたが、制限を設けずに開催されたのはじつに4年ぶりだ。

この曲が流れ、フロアいっぱいに広がった学生たちが、照明がなくてもきっと光り輝いているだろうと思えるくらいの満面の笑顔で、本当に幸せそうに歌い、踊る姿を見たときに、「ああ、これが新世界なんだ」と感じ、涙が出てきた。

歌詞の冒頭に、「愛と夢と希望だらけの 新しい世界 さあ始まるよ」とあるが、まさにその希望に満ちたあふれた空気が、代々木第二体育館を満たしていた。

この作品の中では、いわゆる新体操らしい動きはあまり多くない。手具も出てこない。

が、「芸術性」が重視されるようになった今の新体操では、競技の面から見ても、こういった作品に挑戦すること、経験することは、大きな意味があると思う。

「芸術性」という抽象的な言葉が「なにを」指してるのかは、あれほど詳細な採点規則が設けられていても、結局はわからない。

1人1人の主観による部分がどうしても大きくなってしまう。

だけど、間違いないのは、「見る人の心が動くこと」。それは必須だと思う。

今のルールで求められている曲調の変化や、曲にあった動き、ステップなど、「求められていること」を過不足なく、巧みにやっている、というだけでは人の心は動かない。

その曲を使い、その動きを、その表現で行うことで「伝えたいもの」がなければ、「うまいね~」「凄いね~」と感心はしても、人の心は動かない。

1時間半、休憩なしのフル稼働で疲れはピークに達しているはずの、エンディングで、78名全員が最後の力を振り絞り(いや振り絞るのではなくあふれ出てくるように)、全力で観客に向けて訴えた「新しい世界への希望」は、間違いなく見ている人に届いたし、心を揺さぶった。

「演技を通して思いを伝えることができた!」 この経験は、おそらくこれからの彼女たちの競技にも生きてくるに違いない。

 

発表会冒頭から素晴らしい演技、作品の連続ではあった。

が、最後の最後のこのスーパーレヴューには、まさに魂を撃ち抜かれた思いだった。

翌日からはまた日常が戻ってきて、忙しかったり、悲しいこともある。

今までは当たり前にあったものがない、ということも起こり得る。

でも、あのコロナ禍を彼女たちが乗り越えてきたように、きっと乗り越えられると信じられる気がしてきた。

気がつけば、朝から頭の中であのフレーズが流れている。

「愛と夢と希望だらけの 新しい世界 さあ始まるよ」

失くしたものが多いように感じる時期があったとしても、それは間違いなく「新しい世界」。

そして、そこには今までは違う形かもしれないが、「愛と夢と希望」が存在するんだ、という勇気がわいてくる。

今回、15年前に新体操からは離れた娘とこの発表会を一緒に観ることができた。

娘も現役時代は、何回も東女の発表会は見ているのだが、15年ぶりに見た感想は一言。

「みんな楽しそう」

10年以上前の東女の発表会も、もちろんレベルの高い演技を見せてくれていたし、素晴らしかったし、凄かった。

が、「楽しそう」という点では、現在に軍配が上がる。同じことを私も感じていた。

かつての東女の発表会は、「どこよりも凄い発表会」だったのかもしれない。

でも、今は、「(演じている人達が)最高に楽しい発表会」なのだ。

そして、その演者たちの幸福感こそが、観ている人達を幸せにする。

東女が今年の発表会で見せてくれたのは、そんな「東女の新世界」だった。

※新体操研究発表会のDVD、販売中です。以下で予告編動画が見られます。購入は、概要欄にリンク有。

https://www.youtube.com/watch?v=QBsD8P1dmpw