「決断」<前>~堀孝輔(高田高校)、川東拓斗(坂出工業高校)

 2015年のインターハイ男子個人総合は、高田高校の堀孝輔の初優勝という、鮮烈な結果で幕を下ろした。同じ班で演技した坂出工業高校の川東拓斗も優勝を争ったが、スティックでのミスが響き、3位となった。

 

 文章にすると、たったこれだけにしかならない結果だ。だがこの数行の背景には、数々の葛藤と決断があった。そして運命を分けたのは、それぞれの「決断」だった。

 

 8月7日、大阪市中央体育館、午前11時半をまわった頃。この時、男子個人総合の行方を見守ってきた観客の多くは、戸惑いとも興奮ともつかない感情に包まれていた。大会前半、昨年のインハイ覇者・安藤梨友(済美高校・2年)がスティック・リングの両種目でミス。こうなると、注目を集めるのが午後に控えた堀の演技だ。堀は東海大会で安藤に勝っていたからだ。

 

 堀の演技の魅力といえば、軽やかな身のこなしや器用な手具操作に、音楽との同調性。そして何といっても、演技においてミスをしない安定感だった。東海大会での勝利も、それによるところが大きかった。しかしこの「安定感」の背景を知ると、多くの人は驚かされることだろう。

 

 堀が実績を残すまで、新体操において高田高校は決して知られた存在ではなかった。これまでも幾人かの新体操選手が輩出してきたが、それらは決して多くなかった。そうした状況だから、練習環境も決して恵まれてはいない。体育館にあるのはタンブリング用の板が1列のみ。そのためタンブリングを入れて1本の演技を通す、いわゆる「1本通し」の練習はできない。堀は週3日、出身のジュニアチーム・Leo RGの練習場に通っているが、こちらにあるのも体育のマット運動で使う、いわゆる「ベタマット」だけだ。

 

こういった状況だったから、本番で会場入りするまで1本通しができないということは、堀にとってはままあることだった。

 

 加えて学校にあるタンブリング板は、本番用のようにスプリングが入っていない。本番用のマットは、学校のそれよりもはるかに跳ねる。明らかに感触の異なるマットに、会場入りしてから慣れなければならないことも、大きなハンデのひとつだった。

 

 そんな状況でも彼が「安定感」を発揮し続けたのは、ひとえに彼が突出した適応力、想像力の持ち主だからだろう。ろくに通し練習もできない、タンブリングも試せない状況について、彼はこともなげにこう話した。

 

「本番のスプリングマットが普段使っているものより跳ねることは分かっているので、練習中も頭の中で想定しながらやっています。徒手での通しについても、(1本通しのように)タンブリングをやった想定で、練習しているので」

 

「想定」だけでここまで実績を残せる選手を、私はほとんど見たことがない。だが彼の「想定」は、あるいは他人のそれよりも徹底しているのかもしれなかった。それを思わせるような、こんな話をしてくれた。

 

同じ班で演技をする川東について話を向けた時、堀は「家で何回も、川東さんの演技は見ていました」と話した。注目すべきは、その理由だった。

 

「彼とは会場練習で一緒になるので、自分の練習がしやすいように見ていました。彼の動きを覚えておけば、次にどの方向にタンブリングに行くかが分かるので。それが分かれば、練習で行きたい方向がぶつかったりすることもないので、自分の練習がうまくできるかな、と」

 

 彼は自分の演技に集中するために、他の選手の演技を覚えていた。環境の不利を感じさせない堀の安定感は、そうしたあらゆる「想定」のもとに発揮されていた。

 

 そして迎えたインハイ当日。恐らく彼にとって想定外だったのは、安藤のミスだろう。そしてこともあろうに、彼はその現場を観客席で直接、目にしていた。ライバルであり、ともに東海で闘ってきた仲間とも言える安藤のミスは、ふたつの意味で堀のメンタルを揺さぶった。

 

「東海の選手として、自分ががんばらないといけないなと思いました。でも、優勝に向けてモチベーションも少し上がった。川東さんとか栗山さんとか、強い選手がいるのでまだ分からないけど、優勝に向けて少し近づけるのかな、と」

 

 そんな動揺を誘うシーンを見た直後に、堀は自身の会場練習に入る。「順位のことを考えると自分を見失う」と、堀はいったん、そのことを忘れることにした。「いつもの自分らしく」練習することに徹した。

 

 迎えた本番。堀の演技を前に、観客席には妙な静寂が広がっていた。急きょ優勝候補の筆頭に押し上げられた彼の一挙手一投足に、観客は注目していた。恐らくそんな空気の中で本番を迎えることは、堀にとって初めてのことだったに違いない。スマートな身のこなしや、危なげない手具操作。ボーカル入りのしっとりとした曲にのせて、彼の持ち味は発揮された。だがその頭の中は、いつも通りとはいかなかった。

 

<慎重に慎重に、ミスしないように――>

 

「いつも通り」を心掛けていたはずが、いつの間にかそんなことを考えていた。そしてその思いの通りに、いつもより幾分か慎重さの見えた演技は、大きなミスなく終わり、観客からの拍手を浴びた。

 

 ノーミスに見えた――実際のところ、ミスはない演技だった――が、この時の演技で実は、堀は技をひとつ抜かしている。演技のラスト、スティックを足でけり上げるような動きがあるのだが、堀はそれを意図的に抜いた。のちに堀はこの時のことを「ビビってしまったのか、勝ちに行ったのか……」と振り返る。

 

 堀はクレバーで、能力の高い選手だ。事実、安藤のミスを頭から追い出し、自分の練習に集中し、演技をノーミスでやり切るだけの調整力を持っていた。だがそれでも、演技の終盤で思わず技を変更するほどには、動揺があった。そしてその判断が、のちに大きく影響することとなる。

 

 内心はどうあれ、この場面での堀のノーミスは試合を大きく動かした。点数は9.375点。この時点での最高得点を叩きだし、優勝は一気に、堀の手元へと引き寄せられた。だがその直後、さらに試合は大きく動きだす。

 

 堀がノーミスを演じた数分後、再び会場が沸いた。電光掲示板には、9.400点の表示。まぎれもないこの大会の最高得点を叩きだしたのは、堀の直後に控えていた、川東拓斗のリングの演技だった。

 

 

 

「決断」(後)~堀孝輔(高田高校)、川東拓斗(坂出工業高校)

 Text by Izumi YOKOTA