「千両役者」(日ノ本学園団体)~井原フェスティバル
新年あけましておめでとうございます。
(日本海側で大きな地震が起き、津波警報も出ている状況なので「おめでとう」はのん気すぎるとは思いますが。
どうか大きな被害が出ませんように、と祈りつつ、今、この記事を書いています)
2023年は、私にとって節目の年でした。
今まで当たり前と思っていたものが当たり前ではなくなり、自分が何をやっていけばよいのか、悩みつつ、迷いつつの1年でした。
答えはまだ出ておらず、「とりあえずはできることをやっていく」しかないと思っています。
少なくとも以前のような「無理」はしない、それだけは決めておこうと思っています。
ただ、「無理はしない」と言いつつも、去年はしみじみ「自分は新体操が好きなんだな」と確認した年でもありました。
試合を見に行ったり、練習を取材させてもらったり、そうして情報を発信すること。多分、全部「自分の好きなこと」なんだと再確認しました。だから、「無理はしない」の中には「無理に離れようとはしない」ことも含みます。
やっぱり見たいものは見たい!ので。
今年、「やっぱり私は新体操が好きだな」と確認させてくれた演技の1つが、インターハイ団体優勝校・日ノ本学園高校(兵庫県)の団体演技でした。インターハイで優勝、国体でも優勝、さらに全日本選手権でも種目別決勝「フープ×5」で優勝と、昨年の女子団体作品のMVPと言えるインパクトを残し、それにふさわしい結果も手にした作品でした。
ほとんどの人が知っているだろう「007」の曲を効果的に使った、最高にかっこよくて、最高にクールなこの作品を初めて見たのは、インターハイ。昨年は現地に行けなかったので、インハイTVでの配信で見ました。
昨年のインターハイは、自宅で配信を見ながら、清水琢己さんの「インハイ観戦ライブ」も見ていたのですが、本来は男子新体操メインの清水さんのライブですが、清水さんは女子の演技もよく見ていて、かなり感想を述べてくれていました。そして、この日ノ本学園の演技のときは、大興奮! 私も同じ反応でした。
ただ、このインターハイでの演技では落下が1回あったため「優勝は無理かな?」と思ったのですが、日ノ本学園より前に登場してほぼ完璧なノーミス演技を見せた駒場学園高校(東京都)の29.050を上回る29.550をマークし、優勝を勝ち取ったのです。
得点の内訳を見ると、E(実施)は、6.700の駒場学園が6.250の日ノ本学園を上回っていました。
D得点(DB+DA)も日ノ本学園が16.300、駒場学園が16.100と僅差で、D+Eだけなら駒場学園が勝っていました。
しかし、日ノ本学園のA(芸術)得点は、7.000と出場チーム中唯一の7点台。A得点2位の昭和学院よりも0.5高いという圧倒的な高得点でした。そして、このA得点の高さが、日ノ本学園に初優勝をもたらしたのです。
2021年まで適用されていた「D得点青天井ルール」が見直され、新しいルールになったのが2022年でした。
それまでの「DA(手具技術)」を無制限に入れられるルールではなくなり、DAの数に上限が設けられ、それまでは「E(実施)」の中に含まれていた「A(芸術)」が独立し、採点における比重が高くなりました。
もっと芸術性の高い演技を!
もっと表現に力を入れて!
とほとんどの指導者が選手たちに伝えたでしょうし、選手たちも適応しようと頑張ってきていることは感じられました。
が、さすがに新ルール1年目の2022年は、まだ「やりきれていない」「ぎこちない」と感じることも少なくありませんでした。
ところが、2023年。
新ルール2年目となった昨年は、個人でも団体でもかなり向上が見られました。
そして、この日ノ本学園の「007」のような突き抜けた作品も生まれ、おおいに興奮させてくれました。
2024年は、パリ五輪の年。
新体操のルールは五輪の翌年に変わるので、おそらく2025年からはまた新しいルールになってしまいますが、できることなら今のルールの根幹は変えないでほしいな、と思います。それだけ、今のルールは「技術」と「芸術」のバランスがよいと思うのです。
だからこそ、この「007」も生まれ、評価もされたのだと思います。
8月のインターハイは生観戦できなかったため、9月の鹿児島国体は見に行きました。
しかし、残念ながら座席が演技面の真後ろで、日ノ本学園の演技も完全に後ろから見ることになってしまいました。
国体での演技は、ミスらしいミスもなく、インターハイ以上の出来でした。
後から見ていてもその凄さはビンビン伝わってきました。後ろから見ても大満足! そんな演技でした。
そして、10月。
全日本選手権でやっと正面からこの演技を見ることができました。
それはもう本当に、素晴らしい演技でした。
種目別決勝での得点は、D16.800、A7.200、E6.550=30.550。
DB、A、Eが出場チーム中のトップ。とくにAは、唯一の7点台で、大学生と競ってもその「芸術性の高さ」は抜けていました。
ミスがあっても優勝したインターハイのあと、国体、全日本選手権と見続けたこの作品はどんどん精度が上がってきていました。
交換時の移動の少なさや身体難度の明確さ、動きの同調性などの精度も素晴らしかったですが、それ以上に感じたのは、演じている選手たちの一人一人がこの作品に自信をもって演じていることでした。
自分たちのこの作品が、しっかり演じ切れれば高く評価してもらえること。
観客におおいにアピールできること。
自分たちが演じているものがちゃんと伝わっていること。
この作品が自分たちの個性にとてもよく合っていること。
そんなことをわかっていて彼女たちは演じている、そう感じました。
だからこそ、自信をもって演じられるし、その自信が見ていて気持ちのいいこの演技につながるんだ、と感じました。
後で、聞いたところ、この作品は、選手たちと指導者、みんなで作り上げたものなのだそうです。
全国大会に出るレベルのチームだとビッグネームの先生に演技を作ってもらうことも少なくないですが、この作品はそうではありませんでした。自分たちと自分たちのことをよくわかっている先生たちで考え、作った。だからこそ、なにかアクシデントがあっても素早く手直しができたと言います。
彼女たちの演技から伝わってくる「確信めいた自信」は、きっとそんなことからもきているんだと思いました。
「今の自分たちを一番輝かせることができるのは、この演技だ」、みんながきっとそう思えているんじゃないか。
全日本選手権を終えて、12月の演技会シーズンが始まってみたら、男子新体操メインの演技会にことごとく日ノ本学園の名前がありました。井原フェスティバル、花園大学発表会、坂出フェスティバル。男子の演技会にここまで同じ女子のチームが招かれるのは珍しいのですが、それだけ、男子関係者にもインパクトを与えた作品だったのでしょう。
おかげで私も、井原フェスティバルでは、過去一近くからこの演技を見ることができました。
写真もなんとか撮ることができました。
井原フェスティバルでも、「007」はお見事! なノーミス演技でした。
おまけに、別プログラムの集団演技も披露してくれて、それもまたかなりインパクトのある演技でした。
男子新体操が盛んな井原でのフェスティバルは、どうしても男子新体操目当ての観客が多いのですが、この日ノ本学園の演技には、男子を見に来たのだろう観客もおおいに盛り上がっていました。
よい演技には、男子も女子もない。
「女子の新体操には興味ない」という人の目も惹きつける、それだけのものがこの演技にはあったのだと思います。
今年の日ノ本学園は、選手たちの身体能力も高く、演技の完成度も高かったと思います。
表現力も豊かな選手が多かったです。だから、これだけこの作品は評価されたのでしょうが、ひとつ見逃せないのが「曲編集のうまさ」だったように思います。
音楽のはじめから「007だな」とわかるのですが、その後、はっきりと「007」だとわかるような曲調にならない。
でも、ときどき「あ、やっぱり007だよね」というフレーズが出てきます。
そうして引っ張りに引っ張って、演技がクライマックスを迎えるところで、あの誰もが知っている「007」のテーマがバーーン!と出てくるんです。この気持ちよさ! おそらく「きたーーーーーーッ!」と叫びたくなる観客多かったのではないでしょうか(私はそうでした)。
じらしてじらして、ドン! この曲の使い方、これこそがこの作品を名作にしたと、私は思います。
この流れで、「007」のテーマが流れ、選手たちの動きもはっきりとスパイらしくなる。ここが本当に見ていてわくわくしたし、気持ちよかったです。
「芸術性重視」が言われるルールになってから、「音楽が大事」と言われています。
ルールの中にも、曲選びの重要性が記されています。
そのことを明確に感じさせてくれた成功例がこの日ノ本学園の演技だったように思います。
2024年も、この日ノ本学園の「007」のような名作にたくさん出会えることを期待したいです。
そして、新年早々の大きな地震で「新体操どころではない」状況になっている人もいると思いますが、どうか、なるべく早く心やすらかに新体操に打ち込める日がきますように。
これ以上、大きな被害が出ないことを祈ります。
<2023.12.3. 井原フェスティバルにて撮影>
※日ノ本学園の演技も収録されている第19回井原フェスティバルのDVDが購入できます。
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