全日本チャンピオン・東本侑也、ルドルフ(後方かかえ込み2回宙返り2回ひねり)に挑戦!~井原フェスティバル

新体操は見るけど、体操競技はよく知らない、という人でも「月面宙返り(ムーンサルト)」という技名は聞いたことがあると思う。

「後方かかえ込み2回宙返り1回ひねり」=ムーンサルトは、D難度の技だが、「ルドルフ」は、さらにひねりが1回多く、「後方かかえ込み2回宙返り2回ひねり」を指し、E難度となる。

まあ、ともかく難しい技であることは間違いない。体操競技のトップレベルにいる選手たちだってそうそうできる技ではない。

その「ルドルフ」に、今年度、ついに全日本チャンピオンとなった東本侑也選手(同志社大学)が挑戦した。

1週間前に行われた井原フェスティバルでのことだ。

 

フェスティバル前半で、すでにリングで「ミッション・インポッシブル」をバチバチにかっこよく決めて見せていた東本選手。

後半では、ロープを持ち、競技では着ない白いシャツをまとってフロアに登場。東本選手の良さが凝縮されたようなあのロープの曲にのって軽快に演技が始まった。

ところが、第1タンブリングに入る前に、東本選手はいきなりロープを放棄し、突然、シャツをボトムにインしたのだ。

「え? なに?」と思う間もなく、助走に入ると、ロンダードからバク転、

そして、最後に高く高く宙に浮いた彼の身体は、1回、2回とひねりながら2回の宙返りを、やってのけた。

しかも! お見事! な着ピタ!

さらに、すぐに再びロープを手にすると、その場で軽快な縄跳び。

そして、得意の開脚ジャンプ跳び。

そのあとは、手具をスティックに持ち替え、(シャツも自然にイン⇒アウトへ)

最後はクラブで演技を締めくくるという大サービスぶり。

1タンでルドルフやっておきながら、最後まで、ここまで演じ切れるその体力と集中力には舌をまくしかなかった。

 

広島県出身の東本選手は、ジュニア時代は、そこまでずば抜けた選手ではなかった。

とはいえ16位だった2016年全日本ジュニアのときにすでに「目立った欠点のない素直な体操」は目を引いた。

柔軟性もあり、当時の男子新体操には見られがちだった無理な体勢がない。さらに、膝やつま先があまり弛むことがなかった。

この年の全日本ジュニアのトップ3は、佐久本和夢(君津新体操クラブ)、森園颯大(シュテル新体操クラブ)、森谷祐夢(国士舘ジュニアRG)。この時点での競技成績では、大きな差があるように本人は感じていたかもしれないが、欠点の少ないこの選手に私は大きなのびしろを感じたのだ。

当時彼が所属していたのは広島ジムフレンズ。男子新体操の強豪クラブではなかった。

ジュニア時代には、そこまで「勝つための指導」はされていなかったのではないかと思う。練習環境にもおそらく恵まれてはいなかっただろう。

それでも、驚くほど素直で欠点の少ない体操をする東本選手は、おそらく「今できることを精一杯やる才能」があるのだろうと感じたし、先で大きく花咲くためには、ジュニアで結果は出ないかもしれないが、悪くない育ち方だなと感じていた。

ところが、翌2017年の全日本ジュニアでは、東本選手は一気に3位まで順位を上げてきた。この年の優勝は森谷祐夢、2位が田中涼介(華舞翔新体操倶楽部)。予想以上の急成長を見せてくれた。

2018年、東本選手は、高校生になった。あるいは新体操強豪校に進学か? とも思われたが、地元広島の広陵高校に進学。1年生時から個人でインターハイに出場し、4位になっている。この年の優勝は向山蒼斗(国士舘高校)、2位は田口将(北海道恵庭南高校)、3位は岩渕緒久斗(尼崎西高校)。

さらに驚いたのは、2019年3月の高校選抜だった。この大会での彼は、1種目目のスティック、リングで1位となる得点をたたき出し、前半種目終了時点では暫定首位に立った。全日本ジュニアでは自分よりも上にいた森谷祐夢、田中涼介、さらには1学年上の選手たち、岩渕緒久斗、遠藤那央斗、尾上達哉、佐久本和夢、大西竣介らがひしめく中での暫定首位だ。

さぞかし緊張して迎えたのではないかと思う3種目目はクラブだった。

緊張からなのか、このクラブで東本は落下(たしか場外にもなった)という大きなミスを犯し、この種目での順位は11位という大ブレーキ。

最終種目のロープでは吹っ切れたかのようなのびのびとした演技を見せ、この種目でもトップだったため、悔やんでも悔やみきれないクラブだったかと思う。

それまで「優勝を狙う」という経験がなかったのではないかと思うので、前半での暫定首位がそれだけ重かったんだろうと勝手に想像していたが、後で話を聞くと、そういうわけでもなかったようだ。

暫定首位になったときに、彼は、「うそだろ?」と思っていた。「だっておかしいですよね、森谷くんや田中くんより僕が上って」。

このときまで彼の認識はそうだったのだ。

自分の実力は、同学年の中でも、森谷、田中らとの差は大きいと思っていた。だから、暫定首位にいても、「勝てるかも」とは思っていなかったようだ。3種目目となったクラブは、じつは当時の彼にとっては得意種目だったそうで、「あまりミスしたことがなかった」と言う。

だから、それほど緊張もせず、演技できたそうなのだが、もしかしたらそこにわずかな油断があったのかもしれない。自分でもビックリするようなミスが出てしまったが、その時点では、「あ~、やっぱり(自分は)こんなもんだよな」と思ったそうだ。

しかし、その後、ロープでは会心の演技ができ、終わってみればクラブ以外の3種目では1位という結果だった。

得意なはずだったクラブをいつも通りに通せていたら、なんなく優勝できていた試合だったのだ。

私が東本選手に話を聞けたのは、この試合の翌日だった。

そのときも彼は、「優勝を逃した」というよりも「3位で上出来」という雰囲気で明るかった。

自分は同世代のトップになれるような選手だとはまだ思っていない、そんな初々しさ、無邪気さがあった。

それは、おそらく広島という新体操強豪県ではない場所で育ってきた所以だったかもしれない。

「僕が森谷くんや田中くんより上にいるっておかしいんで」と、この時、何回も彼は言った。

が、だんだんと「そうか。クラブでのミスがなければ優勝。。。あ~~~」と、改めて悔しさがこみあげてきたようだった。

本当にあの試合は、彼が優勝してもおかしくなかったのだ。

ほぼ手中にあった優勝を逃したのだ。でも、そのことを「悔しい」と思うのに、時間がかかる。そんな選手であることが彼の強みだな、とこのとき感じた。

「強い選手だ」「勝てるはずだ」と思われること、期待されることで失うものもある。とくにジュニアのころから、そういった環境に置かれた選手は、ときに自分がやりたくて新体操をやっているのかすら見失うことがある。

彼にはきっとそんなことはないだろう。

心身ともに「素直」なこの選手は、のびしろ十分なままずっと先までいって、大きな花を咲かせてくれるんじゃないか。

そう思った。

2019年のユースチャンピオンシップでは、個人総合優勝(全国大会初優勝)。インターハイでは、森谷祐夢が優勝するが、2位に入り、3月の選抜での「優勝未遂」はフロックではなかったことを証明した。2020年のインターハイでは、森谷、田中涼介(2019年インターハイ4位)の3つ巴の優勝争いが期待されたが、コロナ禍でインターハイは中止となった。

2020年、すべての選手がモチベーションの維持には苦労していただろうと思う。それでも、国士舘の森谷、青森山田の田中は、オンライン選手権やクラブ選手権などなんらかの形での実戦や演技披露の機会があった。が、東本の情報はまったく表に出てこなかった。

大学で続けるのかどうか、すらわからない。

この年は、「もう辞めます」という選手がいても、引き止められない、そんな年だっただけに、どうなのか? と不安には思っていた。

 

が、2021年。

東本侑也は、同志社大学に進学。

ちょうど前年で卒業した堀孝輔の後を継ぐかのように「同志社のエース」となった。

「先では伸びるだろう」とは感じていた選手だったが、ほとんど見ることのなかった2020年を経て、大学生になった姿を見たときの衝撃は凄まじかった。いつの間にこんな? と思うだけの爆発力を彼は身につけていた。

スプリングマットもなく、通し練習ができる環境もない同志社大学で、なぜここまでタンブリングを強化できたのか?

「伸びる」とは思っていたが、彼のタンブリング能力がここまで高くなるとは、想像のはるか上をいっていた。

恵まれた環境ではないだけに、様々なところで練習してきたと聞く、タンブリングに関しては体操競技の指導を受けてもきたという。

「環境がないからできない」ではなく、やれることを全力でやる、そして、できる場所を求めて動く。

それができたからこその急成長だったのだろう。そして、環境に恵まれない選手じゃなければ持てない「飢え」もまた彼の成長には大きかったのではないか。コロナ禍による空白の1年さえも、彼にとっては「新体操を続ける!」という強い思いを確認する機会になったのかもしれない。

井原フェスティバルは、今回が初参加だったという東本選手。

広島の少年にとっては、憧れであり夢でもあったろう井原フェスティバルでの「ルドルフ成功!」には、大きな価値がある。

そして、来年は、大学を休学してシルク・ドゥ・ソレイユで活動することが決まったという。

それもまた彼の大きな夢だったのだろう。

東本侑也の「夢を実現する力」には、おそれいるしかない。

この先、シルクという新しい舞台で、どんな輝きを放つのか、おおいに期待したい。

※この演技が収録された「井原フェスティバル」のDVDは販売が予定されています。

 購入方法が公開され次第、お知らせいたします。