第52回NHK杯 優勝 寺本明日香~強さ、責任

 6月8日から9日にかけて、代々木第一体育館で第52回NHK杯体操が行われ、女子は寺本明日香(レジックスポーツ)が初優勝を果たし、世界選手権への出場を決めた。

 寺本の強さは、その演技の確実性や勝負強さにある。ロンドン五輪で見せた大舞台でもブレない演技、そして先の体操W杯での個人総合初優勝。それらの実績からすると、今回の優勝もそう驚くことでもないように思える。しかし彼女の中で今回の勝利は、実績とは別の面でも大きな意味を持つ。

 

「NHK杯は何年か前から出場していて、その頃は鶴見虹子さんが何回も何回も優勝していて。私もこういう風になれたらいいな、と目標にしていたタイトル。それを獲ることで、(田中)理恵さんや虹子さんのような、世界で活躍する選手になるんだっていう責任感が生まれました」

 

 この言葉の意味は、彼女の実績と今大会のメンバーを見ると、改めて意義深いものになる。今回のNHK杯で優勝を争うこととなった上位選手は、笹田夏実(帝京高校)、村上茉愛(池谷幸雄体操倶楽部)。両選手とも寺本と同世代だ。また、今大会では予選の得点は決勝に加味されないものの、その予選でトップだった内山由綺(スマイル体操クラブ)は寺本よりも2つ年下だ。田中理恵や鶴見といったベテラン勢が出場していない今大会は、若手選手の躍進の場となった。そしてロンドン五輪を経験し、W杯優勝も成し遂げた寺本は、いつの間にかこの世代で最も経験豊富な選手へと押し上げられた。それまで背中を追いかけていた先輩はいなくなり、優勝候補の筆頭になったのだ。

 

 これにさらにプレッシャーをかけるように、試合展開も白熱したものになった。笹田は平均台に難度の高い技を入れており、村上は床で抜群の強さを発揮する。それぞれの得意種目の出来次第では、優勝は全く見えない。また、今大会では先の全日本個人総合選手権の得点の半分が持ち点として加算される。その大会で笹田は優勝、村上は3位、寺本は4位だった。得点争いはまさに一進一退で、1種目終えるごとに勝敗は分からなくなった。

 3種目までをミスなくまとめた寺本は、僅差ながらトップで最終種目のゆかを迎えた。しかし2位の笹田との差は極わずかで、少しでもミスがあればひっくり返るものだった。寺本は「緊張していて、手もしびれていた」。直前に演技を終えた笹田は、危なげない演技で13.450をマーク。寺本がミスをすれば終わり、というシーン。最終種目のゆかで着地が乱れ、4位に終わった先の全日本個人総合が頭をよぎった。

 

 寺本は上を見上げて、深呼吸をした。前回の大会後「すごく悔しかった」という彼女は、自分に足りないものについて考え、メンタルについての本を読むようになった。その中に「上を向くと気分がすっきりする」「深呼吸をするとリラックスする」と書いてあるのを思い出したからだ。

 

 ゆかは、寺本らしいスピード感に溢れた演技だった。着地、ターンにはブレがなく、動きは全て確実で、勢いがあり、シャープ。彼女の持ち味を全て出し切った、会心の出来だった。間髪入れずに笑顔とガッツポーズが飛び出した。

 

 終わってみれば、2位の笹田との点差はわずか0.350。この接戦を制した意義は大きい。あまりにも急に「次世代のエース」になることを求められた寺本は、見事にその期待に応えて見せた。

 今回はライバルとなった笹田や村上だが、実は同世代ということもあって普段はとても仲がいい。ライバルではあるが、一方で同じジャパンチームという仲間でもある。今大会も同グループで回りながら、互いに声を掛け合い、「今まで大会であまり笑顔は出なかった」寺本が何度となく安堵や喜びの笑みを浮かべた。

 

 全日本個人総合はもちろん負けて悔しかったが、心のどこかで「なっちゃん(笹田)に優勝してほしい」と思ったところもあった。もし大会で負けるとしてもこの二人に、とも話す。そしてあれだけの緊張の中で戦った大会を、彼女たちと回って「楽しい大会だった」と振り返る。

 

 プレッシャーに打ち勝ち、新たな責任を背負った彼女はまた強くなった。そしてライバルであり、友達でもある選手に囲まれながら、彼女はきっとまた強くなる。

 

Text by Izumi YOKOTA