Rhythmic Gymnastics Festival 2018 in 坂出① 坂出工業高校団体

2018年12月23日、香川県の坂出工業高校体育館で行われた公開演技会は、目を疑うばかりの大盛況だった。

なにしろ会場は普通の学校の体育館だ。バスケットコート2面分。

その半分は、フロアマットで占められているのだから、観客を入れられるのは、体育館の半分のスペースということになる。

 

間違いなく、そのキャパシティで入れられる限界の人数まで観客が集まっていた。

観客は、まさに老若男女。小さな子どもからお年寄りまで。

坂出工業の生徒もいたと思うが、「生徒はなるべく席を一般の人に譲るように」とアナウンスもあり、立ち見に回っているようだった。

今ではもう知らない人も多いと思うが、坂出工業高校は、かつて男子新体操の強豪校だった。

高校総体や国体での優勝経験もある。

そのころ、坂出工業を率いていたのは、中田吉光監督。現在の男子新体操王者・青森大学の指揮官その人だ。

中田監督は、もともと青森の出身だが、地元開催の国体に向けて強化を図っていた香川県からの要請で、なんのゆかりもなかった坂出工業で教職につき、男子新体操の指導にあたり、平成3~6年には4年連続高校総体での団体3位以内。平成5年は、団体、個人とも優勝などの輝かしい結果を残した。このとき、個人で全国制覇をしたのが、現在、神埼ジュニア新体操クラブを率いる松岡寛敏である。

現在の坂出工業高校の監督である林晋平も、坂出時代の中田の教え子であり、松岡の後輩にあたる。

中田が坂出を離れ、青森に帰ることを決めたとき、その後任という大役を託されたのが林だった。

当時25歳、指導経験もまだ浅かった林にとっては、どんなにか重荷だったろうと思うが、

それから今までずっと林は粘り強く、この坂出で踏ん張ってきた。

決して恵まれた環境ではない時期もあった、成績も伸び悩んだ時期もあった。

それでも、地道にコツコツと続けてきたことが、今、実ってきている。

大きな花を咲かせつつある。

ジュニア時代からの競技経験者の多かった今年のチームはたしかに強かった。

3月の高校選抜の時点で、マークをつけたくなるだけの力をもっていた。

高校総体での7位は立派な成績だが、それでも「悔しい」と思うほどに、もっと上を目指せる力をもったチームだった。

そして、彼らは、繰り上げで回ってきた全日本選手権出場というチャンスに、その力をいかんなく発揮してみせた。

高校生チームにとっては高いハードルとなる「決勝進出」(予選8位以内)を成し遂げ、その力を証明したのだ。

地元ではあっても20数年前、坂出工業が全国でもトップレベルだったということを知らない人も、今は多いのではないかと思う。

ただ、「今年の坂出工業は強かった」ということはおそらく多くの人が知っていたのだろう。

そして、誇りに感じていたのだ。だからこそ、今年の演技会はすさまじい動員となった。

予想以上の観客数で用意したプログラムも足りなかったという。

もともとは、生徒たちや部員の保護者、そんなごくわずかな人達だけを観客に始めた演技会だという。

その演技会も地道に続けていた結果が、ここまでのビッグイベントになった。

それだけの存在に坂出工業というチームがなったのだ。

3年前、高校総体の前に取材したときに、林監督は言った。

「はじめは中田先生の遺産を引き継いで、そこそこやれた。

でも、それがなくなってからはどん底を味わい、自分が勉強するしかなかった。」

(※参考記事⇒2015高校総体事前記事 http://gymlove.net/rgl/topics/club/2015/08/04/2015-74/

そのどん底から、じわりじわりと這いあがってきて17年目、「林監督の坂出工業」はここまできた。

中田監督からも「坂出時代は、保護者や地域の人たちに支えてもらえる環境があった」と聞いたことがある。

今はその環境が再び出来上がっているように感じた。

地域の多くの人達が、このチームに注目し、あこがれ、応援しようとしている。そんな濃密な空気がここにはたしかにあった。

これもまた、林監督が、一から培ってきたものだ。

今年のチームには3年生が多く、来年はまた一からだとは聞いている。

が、それはなんのビハインドでもない。

今までもずっとそうやってきたんだから。

そして、今は、これまでよりもずっと多くの人が応援してくれている。

来年もきっと。

いやそのあともずっと。

坂出工業高校は、男子新体操界に「侮れないチーム」として存在し続けるだろう。

そんな予感に満ちた今年の公開演技会だった。

 

PHOTO & TEXT:Keiko SHIINA