2018高校選抜の収穫④~恩師を送り出す盛岡市立高校「魂の演技」

2018高校選抜男子団体7位となった盛岡市立高校(岩手県)。

もう10年以上、常に入賞圏内にいる高値安定チーム。

さらに言えば、2009年の高校選抜では優勝。2010年の高校総体では、「限りなく優勝に近い」と言われる準優勝という実績を残しているチームだ。

盛岡市立高校の強さの根源には、同じ岩手県の滝沢南中学との「中高一貫体制」がある。

ジュニアでは、輝かしい成績を残してきた滝沢南中学の選手たちが、ごっそり盛岡市立高校に進学するため、男子新体操部としては全国屈指の部員数を誇り、入学当初からレベルの高い選手が多い、それが盛岡市立高校だった。

ジュニアからの育成が進んでおらず、高校に入ってから新体操を始めた選手をいかにうまく使ってチームを作り上げるか、または他県から有力選手をスカウトするか、に上位校でも腐心していた時期に、いち早く、地域が一丸となってジュニアから選手を育て、高校でさらに大きな花を咲かせる、そんな理想的な環境にあったのが、この高校だ。

 

もちろん、盛岡市立高校が、長きにわたって入賞圏内の力を維持してこれたのは、環境だけに依るものではない。

野呂和希。

この稀代の名監督あってこそのチームだった。

 

一時期、テレビのバラエティ番組がしきりに男子新体操を取り上げていたとき、名物監督の一人としてフューチャーされていた野呂監督は、本当に腰の低い、穏やかな監督だった。それでいてユーモアにあふれ、そして、なによりも新体操に対する情熱、選手たちに対する愛情、さらに進取の気性に富んでいた。

ここ数年は、「入賞圏内」ではあるが、なかなか表彰台が見えてこないという苦しい時期ではなかったかと思うが、それでも、常に、「何か新しいことをやってやろう」という気概がいつも盛岡市立の演技にはあった。

斬新な振り付けに挑戦していたこともあれば、「まだやったチームいないはずです」と野呂監督が豪語するリスキーな組み技に果敢に挑戦していたこともあった。

優勝はそう簡単にできるものではない、とは野呂監督ほどの経験があればわかっていたのではないかと思う。それでも、常に「盛岡市立ここにあり!」と示せる演技をすることを、あきらめたことはなかった。野呂監督はそういう監督だったし、彼の率いた盛岡市立はそんなチームだった。

2010年の盛岡市立団体の「戦メリ」は、今も語り継がれる名作だったが、その翌年、2010年の強力メンバーが抜けたあと、そして、東日本大震災のあった年に行われた青森での高校総体での盛岡市立の作品も凄かった。作品冒頭の選手たちが一体となって前へ、前と進んでくる動きのそろい方。

難度でも組み技でもない部分で、あれほどのインパクトを与えられるのは並大抵ではない。

彼らの、あの演技に懸ける強く、熱い思いが冒頭の数秒間であますとこなく伝わってくる、そんな演技だった。

あのとき、センターにいたのがキャプテンの三上健太。

高校卒業後、青森大学に進み、大学卒業後も青森で指導に携わっていた三上は、今年の春から、BTIの岩手支部を盛岡で立ち上げた。

※参考記事⇒ https://www.iwate-np.co.jp/article/2018/4/7/11656

 

母校である盛岡市立、恩師である野呂監督を追い落とすつもりなのか? はじめに聞いたときは少し驚いたが、そうではなかった。

野呂監督は、今回の高校選抜を最後に、退職。

盛岡を離れるということを、高校選抜の会場で聞いた。

おそらく、三上が盛岡に戻り、BTI岩手支部を立ち上げるのも、このことと無縁ではなかったのだろう。

岩手県は、盛岡は、野呂監督の遺産を、みんなで守っていく、いや、さらに発展させていくために立ち上がったのだと感じた。

たくさんのジュニアを抱えるホークジュニア、今も多くの部員を抱える滝沢南中学、そこに、BTI岩手支部も加わり、受け皿としての盛岡市立高校があれば、もう一度、頂点を目指すことも可能になるかもしれない。

そして、今よりももっと多くの男子新体操選手を育てることができるかもしれない。

野呂監督を失うという、いわば最大のピンチを契機に、盛岡の男子新体操は新しいステージに進んでいくのだ。

野呂監督は、選手たちにもとても慕われる監督だった。

大学生になって競技を続けていた選手たちが、盛岡市立も出場している全日本のときに、「野呂先生に演技見てもらえてよかった」と言うのを何度も聞いたことがある。ジャパンやインカレのメンバーに入れなかったときは、「野呂先生に申し訳ない」と言っていた選手もいた。

そんな監督がいたから、今回も、卒業生で青森大学卒の藤原大貴がチームに帯同していた。

三上健太も戻ってきた。ほかにも多くの卒業生が地元に戻ってきては、さまざまな形で盛岡の男子新体操を支えている。

野呂監督が、盛岡市立高校を率いた16年間は、たくさんの種を蒔き、その種は大きく実ってきた16年間だった。

 

野呂監督に送り出される最後の演技。

最後の高校選抜。

盛岡市立高校の演技には、わずかなミスはあった。

が、そのミスを大きくしないように、選手は必死に踏ん張った。

ラスト近く、2人×3組が次々に行う飛び越しは、インパクトがあり、さすが盛岡! と思わせる独自性があった。

なによりも、彼らがこの演技を必死に、懸命に、思いを込めて演じていることは十分に伝わってきた。

そして、彼らを後ろで見守っている野呂監督の姿からは、ただ感謝の気持ちが伝わってきた。

いい時間を過ごされたのだ、と思う。

そんな時間を過ごせる人間はそう多くない。

しかし、野呂和希は、それを得られる人間だったのだと思う。

 

何点だった、何位だった。

そんなことは関係ない。そんな演技がたまにある。

この盛岡市立高校の演技は、そういう演技だった。

 

TEXT:Keiko SHIINA      PHOTO:Ayako SHIMIU