新体操 第66回全日本インカレ 5位 前田優樹

 今大会の前田優樹のリングの演技を見た際、一瞬だけ、以前より少し動きが重くなったような印象を受けた。だが、それはすぐに思い直さなければならなかった。正しくは、彼がここまで動けていることを驚くべきだということを思い出した。彼は本来なら、この大会に出場することさえままならないはずの選手なのだ。

 前田が自身の右膝に違和感を覚えたのは、昨年の全日本選手権の頃だった。痛みはさほどなかったが、違和感は徐々にタンブリングにも影響を与えるようになった。年明けの2月に病院に行ったところ、膝の半月板が裂けていることが分かった。3月に手術をすることになり、全治半年という診断が下された。3月の時点から半年だと、急ピッチで仕上げてインカレに間に合うかどうか、というところ。しかし5月には予選にあたる西インカレが控えており、こちらをクリアしなければそもそもインカレに出場することができない。

 

 手術の約2か月後に行われた西インカレで、前田は当然演技ができるわけもなく、返事だけという「形だけ」の出場となった。しかしここでラッキーがあった。今大会は幸運にも出場人数が少なかったために、前田を含めた全員がインカレへの出場権を得ることができたのだ。

 

 そうした経緯で彼がインカレのフロアに立っていることを思うと、そのパフォーマンスは驚異的と言えた。初日の前半2種をノーミスで折り返し、さらに迎えた後半2種が圧巻だった。初日の疲労が残っているだろうという予想は見事に裏切られ、むしろ初日よりも動きは軽快さを増していた。特にクラブでは故障しているはずの膝も驚くほど滑らかな動きをみせ、圧巻のノーミス。痛み止めを打ちながらの演技とは思えないクオリティだった。

 

そしてさらに驚くべきは、このインカレでの演技が、前田にとって約半年ぶりの全通しだったということだ。

 

男子新体操では冬の期間はオフシーズンに当たるため、演技会などの機会がなければ多くの選手は通しをしない。その時期から、今回のインカレの本番に至るまで、彼はタンブリングを入れての通し練習を全くしていないのだ。花園大の体育館はもちろん、会場入りしてからの練習でも通していない。つまり、インカレの演技はまさに「ぶつけ本番」だった。

 

にもかかわらず、インカレでの演技は実に安定していた。投げはそのブランクをまったく感じさせないほど勢いよく投げられ、確かに彼の手元に落ちてきた。彼の得意とするところである手具操作でも、実によく手具が手についていた。体はケガを感じさせないほどよく動いていたし、タンブリングも2日目にはさらに軽さを増した。演技のスピード感も、まったく失われていなかった。

 体の動きが衰えなかったひとつの要因は、彼が懸命に励んだリハビリにある。前田は入院している1カ月の間、トレーナーとともにひたすら体幹トレーニングに励んだ。バランスボールに乗りながら、2キロのボールを使ってのキャッチボールなど、それは地味で成果の感じにくいトレーニングばかりだったが、それでも確実に彼の体を鍛えていた。退院して動けるようになると、タンブリングが軽い力でできるようになっていることに気がついた。体幹の引き締めが上手くできるようになったことで、蹴りの力が上手く体に伝わるようになったのだ。一方で、野田監督からは「シェネが速くなってる」と驚かれた。これもトレーニングの成果だと実感した。

 

 手具操作に関しては、「とにかく手具を離さなかった」ことが功を奏した。膝に負担のかからない投げや手具操作は徹底して練習し続けることで、感覚を失わないように努めた。

 

 花大には多くの個人選手がいるが、その練習風景を傍目に見ながら、自身は練習がままならないという状況は、恐らくもどかしさや焦りが募ったことだろう。しかしそんな中にあって、前田は学ぶところが多かったと振り返る。

 

「他の選手の演技について指摘をしているうちに、人のいろんなところが見えるようになりました。人に指摘したところは自分でも気を付けようと思うし、人のいいところは自分の演技にも活かすようにしよう、と。監督からも、『今まで見てきた分が動きに反映されている』と言われるようになりました」(前田)

 

 そうした努力の全てが表れたのが、先のインカレだった。その演技は、彼の半年間の過ごし方が間違っていなかったことを証明している。

 

 選手時代、ケガを経験せずにいられる選手はそう多くはいない。それだけに、ある意味では身体能力の高さと同等に、故障から立ち上がる能力は重要だと言える。

 

 前田のインカレの演技、そして右膝の傷痕は、彼がその能力を確かに備えた選手であることを示している。

Photo by Ayako SHIMIZU Text by Izumi YOKOTA