川東拓斗(坂出工業)「出場と欠場の意味」

選手にとって大会に出場することは、何にもまさる経験だ。調整の仕方を学び、緊張感との折り合いのつけ方を学び、そして自分の実力を知る。しかしその一方で、大会に出場できなかったことで、得るものもある。

 

 

今年、岐阜県で行われた選抜大会を「こんなに楽しくない大会は初めてだった」と振り返る選手がいる。香川県は坂出工業高校の川東拓斗だ。それも道理で、彼はこの大会をケガにより欠場していた。試合当日、彼は自分が立つはずだったフロアを観客席から見つめていた。

 

自分が出場しない大会は当然ながら「緊張も、ドキドキもなく」、何より歯がゆいものだった。「もし出ていたら、いい勝負ができていたかもしれない」。そう思った。

 

それは単なる「出場できなかった」ことへの悔しさではなく、「出場して、勝負できなかった」ことへの悔しさだった。

 

川東にはこれまで少し控えめな印象を抱いていたから、その勝負に執着する姿は意外に感じた。しかし彼が勝ち負けにこだわった理由は、その練習風景を見ればうかがい知ることができた。

 

今年7月。坂出工業の体育館で練習する川東は、それまでの彼とは一変していた。以前の彼の演技の魅力は、体操の正確さということに尽きた。斜前屈や胸後反といった動きを、まさに気持ちの良いほどの正確さで行う。しかし一方で、動きには直線的な印象が強かった。体操をみせるには十分だったが、表現という点からみると少し物足りないものでもあった。

 

その彼がこの時の練習では、誰が見ても明らかなほどに表現力を身につけていた。ちょっとした体のひねりや音の取り方で表情をつけ、柔らかな動きで演技に緩急をつける。新体操でいうところの、「雰囲気のある選手」に変貌しつつあった。これなら確かに、選抜で勝負したかったはずだ――そう思わせるほどのものだった。

 

しかし、この演技の「雰囲気」というのは実に抽象的で、それだけに身につけるのが難しいものでもある。ちょっとした音の取り方や身のこなしで生まれるものなのだが、それはどこをどうすればできる、という風には説明しづらい。もともと動きにセンスがあり、先天的に「雰囲気」をもっている選手もいるし、研究に研究を重ねて身につける選手もいる。そして、川東は後者だった。

 

彼の変化のきっかけは、昨年初めて出場した全日本選手権だった。言わずと知れた国内最高峰の大会。初出場した選手の多くは、「これまで大会DVDで見ていた選手と、一緒に出場できる」体験に、ちょっとした感動を覚える。彼もその例にもれず、憧れの選手を間近にして気持ちが高ぶった。

 

そしてその体験は、彼のものの見方に変化を与えた。これまでDVDで見ていた憧れの選手が、より現実的な存在に感じられるようになったのだ。「自分が憧れの選手に感じた気持ちを、周囲にも感じてもらえるような演技がしたい」。これまで「鑑賞」していた大会DVDは、全日本選手権以降、「どうやったらこの動きができるだろう」と考えるための研究材料になった。そして彼は非常に研究熱心な選手だった。身につけるのが難しい「雰囲気」を、研究して研究して、少しずつ自分のものにしていった。

そうした変化の手ごたえを感じていた時だったから、選抜大会前のケガは痛かった。演技も出来上がって、あとは通し込みをするだけという2月中旬、タンブリング練習でくるぶしの骨に亀裂が走った。全治2カ月。大会出場は絶望的となった。

 

歯がゆさと無念の思いで選抜大会を見つめた川東だったが、この経験が彼の負けん気に火をつけた。これまでどちらかといえば控えめな印象だった彼が、インハイ前のこの時期には何度となく「勝ちにいきます」という言葉を口にした。内に秘めていたそれを、他人にまで表明できるようになったということもまた、彼にとっては大きな変化だ。

 

新体操を見るうえでの楽しみのひとつは、演技を通じて選手の成長や変化を感じられることだ。川東は全日本選手権の出場で雰囲気を身につけ、そして選抜大会の欠場で負けん気をつけた。彼の変貌ぶりは、観ている側を楽しませるのには十分なものだろう。大会を面白くしてくれそうな選手が、またひとり増えた。

 

 

Photo by Ayako SHIMIZU&Izumi YOKOTA  Text by Izumi YOKOTA