穴久保璃子(イオン)が「手に入れたもの」その④

穴久保璃子(イオン)が「手に入れたもの」その④

~第21回全日本クラブ選手権大会

穴久保璃子-ジムラブ-

明けて2011年。

この年も最初の試合は、「世界選手権代表決定戦」だった。

ここで穴久保は3位になり、また世界選手権の代表候補となるが、この試合での穴久保は、おそらく私が今まで見てきたなかで、最低の状態だった。正直、「投げやり」に見えた演技もあったほどだった。体にもしまりがなかった。おそらく、なにか大きな迷いから抜けきれないまま試合を迎えてしまったのだろうことは、私の目にも明らかにわかった。

それでも。その最悪の状態なりには、持ちこたえた結果が3位。

 

そして、この年も、あの苛酷なコントロールシリーズに挑むことになるのだが、結論から言えば、2011年も穴久保は世界選手権代表には手が届かなかった。悔しかっただろうとは思うが、私は、この年に関しては、コントロールシリーズがどんな結果になったとしても穴久保に同情するつもりはなかった。

本当なら、この年の彼女は、代表決定戦で落ちていてもおかしくなかった。そう思っていたからだ。厳しいようだが、代表決定戦での彼女の演技は、そう思わせるものだった。心身どちらの(あるいは両方か)コンディションが悪かったのかはわからないが、悪いなら悪いなりの覚悟は、穴久保自身もしてるようにも見える演技だったから。

それでも候補に残り、チャンスをもらえただけでも、やはり彼女は恵まれている。

正直、私はそう思っていた。

 

ところが、コントロールシリーズ第1戦での穴久保は代表決定戦とは見違えるようだった。4種目とも24点台と、「代表入り」に求められている26点台には届かないものの、すこぶる印象のいい演技を見せたのだ。代表決定戦からコントロールシリーズ第1戦までは1か月しか空いていなかった。その短い時間でいったい何があったのか? と驚くほどの変化が穴久保璃子にはあった。そして、第2戦では、ついにボールとフープで25点台をマーク。もしかしたら、残り2戦で26点台を出すことは可能かも? と思えるところまで上がってきたのだ。

そして、7月25日に行われた最終戦では、フープ、ボールと25点台に載せ、最終種目のリボンではついに25.770という穴久保璃子にとっての最高得点を得た。が、わずかに26点には届かず、代表からはもれた。同級生の中津裕美(東京女子体育大学)が、最後のリボンで26.030を出して、代表にすべり込んだのとは明暗を分ける形になった。

 

しかし、このコントロールシリーズでの善戦が、穴久保璃子に対する周囲の評価を大きく変えたように私は感じた。少なくとも、私の中でははっきりと変わった。

それまでは、「先行する期待に応えようと必死にやっているが、あと少し及ばない」という彼女が、すこしばかり気の毒でもあり、ついつい「頑張ってほしい」と応援するような気持ちで見ていることが多かった。それが、この年のコントロールシリーズで、初めて彼女の演技に「のまれる」経験をした。そして、代表の座には届かなかったが、彼女自身が、「自分には勝った!」と言える演技をする瞬間を見ることができた。

「代表になれなくても同情はしない」と思っていた私だが、同情ではなく、惜しい! とこのときは心から思った。今の穴久保璃子なら、9月の世界選手権までにはもっと化けるかもしれないのに、と思わずにはいられなかった。正直、世界選手権に出場した2009年の穴久保とは、別人のように、このころの彼女は、「自分」をもった演技をするようになっていた。穴久保璃子を、世界に出すなら今じゃないのか? と私は思った。取材に来ていた新聞記者や、カメラマンなどからも同じような声は聞こえてきた。かつてないほどに、「穴久保璃子を世界選手権に出してほしい」という周囲の思いは高まっていた。が、結果は無情だった。

運命ってそんなものだ。

 

この年のインカレでは、フープでのミスが響いて順位は4位だが、フープ以外の種目はすべて25点台にのせた。種目別決勝のクラブでは、25.725という高得点で優勝もした。そして、このころから穴久保の演技には、「図々しさ」が出てきた、と私は感じていた。

横地愛が引退し、まだ高校生だった穴久保がイオンの看板を背負うようになったころから、試合後の記者会見などで穴久保の話を聞く機会が増えたが、彼女はいつも緊張でこわばった声で、「難度をきちんとはめて」「もっと高い難度をできるように」「ノーミスで」などという言葉をよく口にしていた。比較的ミスの多い選手だっただけに、抱える責任が重くなればなるだけ、「ちゃんとやらなきゃいけない」という気持ちでいっぱいだったのだろう。

自分が強く求めるよりも先に、求めるよりも上の立場に常に置かれてきた選手ゆえの悲愴感やひ弱さが、穴久保璃子には常にあった。

中学3年生だった穴久保に雑誌の仕事でインタビューしたことがあった。そのとき、印象的だったのが「夏休みの宿題は、夏休みになる前に終わらせるような性格」という言葉だった。それほど生真面目な性格の子なのだ。いつも自分がどうあらねばらならない、ということは嫌というほどわかっていたのだろう。そして、その期待に応えきれずにいることも、常に感じ続けていたのだろう。

私が、「過去最低だ」と感じた、2011年の代表決定戦。おそらく穴久保璃子の底はあそこだった。あのとき彼女は、心身のバランスを崩していたのだろうと思う。ことによっては、あの試合が最後になりかねない、そんな危うさもあったように私は感じていた。

 

しかし、あの代表決定戦を経て、彼女は、おそらく自分自身で、「やる!」と決意したんだろうと思う。だから、わずか1か月で別人のような演技をコントロールシリーズでは見せることができたのだ。そして、自分の意思で「やる!」と決意したときから、彼女はいい意味でわがままになった。審判に見ていただく、点数をつけていただくための演技ではなく、「自分が見せたいもの」を見せるための演技をするようになった。その結果、小さなミスがあっても、以前のようにぎゅうっと縮こまるようなことがなくなった。しぶとく、図々しくミスをなかったものにできるようになった。そうすれば、審判以外はみんな、ミスがあったことなんて忘れて、彼女の描き出す世界に見入ってしまう。そんな演技をするようになった。

 

2011年の全日本選手権。

穴久保璃子は、フープで落下場外を犯し、23.300。このミスが響いて、順位は3位に終わった。しかし、このときの個人総合終了後の記者会見での、穴久保の発言を私は今でも忘れられない。「今回の試合で一番よかった種目は?」という質問に、穴久保はきっぱりと「フープです」と答えたのだ。インタビュアーは思わず「フープ?(場外があったのに?)」と聞き返したが、穴久保は、「場外はありましたが、一番気持ちが入って踊れていたし、自分の一番いいものが出せていたのでフープです。」と臆することなく答えた。場外があっても、23点台でも、自分にとってはそれが一番だった、と主張できるくらいに、彼女はいい意味でわがままになっていた。

翌日の種目別決勝に向けての抱負を聞かれたときも、「自分の世界観を伝えられるような演技をしたい。」と彼女は言った。この全日本で目指していたのも、「自分の世界に入り込んで、楽しく踊ること」だったと言った。

種目別決勝のあとの記者会見では、翌年に向けての抱負を聞かれ、「やっと踊れるようになってきた自分に磨きをかけたい。この人の演技を見ると気持ちがいい、と思われるようになりたい。」と、まっすぐに前を見据えて答えた。

 

穴久保璃子は、長い時間をかけて、やっと「自分のため」に新体操をすることを知ったのだ。いろんなものに、押しつぶされそうになりながら、おそらく何度も嫌になりながら。自分は新体操で何がしたいのか? を自分で見つけることができたのだ。

そうなったときに、それまで以上に多くの人が、穴久保の演技を支持するようになった。以前は「きれいなだけ」と酷評していた人さえも、「今の穴久保璃子の演技からは伝わるものがある」、と言うようになった。

私もかつてのように「頑張れ、頑張れ」と手に汗握るような見方はしなくなった。ただ、楽しませてもらっている。ミスしたところでそれがなんだ? せいぜい順位が下がるくらいのことでしょ、と思って見るようになった。おそらく、本人もそう思っているんじゃないか、最近の彼女の演技を見ているとそう思う。

 

2012年8月26日、全日本クラブ選手権で、穴久保璃子は初優勝を遂げた。

表彰台で、彼女はじつに晴れやかな表情をしていた。

嬉しかったのだろう。嬉しいには違いない。

だけど、本当は。きっと、どこかで「優勝なんてどうでもいい」と思っていたんだろうな、と思う。3年ぶりのクラブ選手権、思い切り楽しんで、自分の世界をフロアの上で描き出そうと、おそらく彼女はそれだけを考えていたんじゃないか。

そんなときに限って、結果がついてくる。

人生なんてそんなもんだ。

穴久保璃子は、意外に表彰台の真ん中に立ったことがない。だからこそ、彼女がその場所で笑顔を見せたとき、多くの人が幸せな気持ちになった。彗星のように現れてクラブチャイルドを連覇したときとはまったく違う。

恵まれた選手だと思われていた穴久保璃子も、十分すぎるほどの悲運に見舞われ、涙を流してきたことを、今は誰もがわかっている。だからこそ、その優勝には、多くの人が拍手をおくった。

 

「自分の新体操をしたい!」という強い意思と、そんな彼女の演技を応援する多くの人たち。

それこそが、彼女が長い時間をかけて得たものだ。   (完)

text by Keiko Shiina