「自分で考えて動ける選手を育てたい」~日高舞(Infiny新体操クラブ)

「名選手が必ずしも名指導者になるわけではない」

これは新体操に限らず言えることだ。

いわゆる「強い選手」だった人の中には、できない子の気持ちがわからない人も少なくないからだ。自分には感覚的にやれたことができない理由がわからない。自分はあまり考えずにできていたことを、どうすればできるようになるかを説明できない。自分は厳しい練習に耐え、栄光をつかんできたのだから、頑張るべきところで頑張れない子どもの気持ちも理解できない。

選手としては美点だったことが、指導者としては欠点にもなり得てしまうのだ。

日高舞は、2009年新体操世界選手権の日本代表選手として、個人総合15位という結果を残した選手だ。全日本選手権でも2008~2009年と連覇を果たした正真正銘のトップ選手だった。

2009年12月に股関節の大手術をしながらも、2010年8月には競技に復帰。その年の全日本選手権でも3位という奇跡の復活劇を見せたが、翌2011年には現役を引退した。

その日高舞は、東京女子体育大学卒業後、一貫して指導の現場にいる。かつての所属クラブ・安達新体操クラブで教えていたこともあれば、東京女子体育大学のユースジュニアに教えていた時期もある。要請があれば、全国どこへでも指導や作品作りに飛んで行くフリーのコーチとしても精力的に活動していた。

そして、2014年11月、自らが主宰するクラブ「Infiny新体操クラブ」を浦安市に立ち上げ、まずは週1回の1時間半の練習、生徒2人というところからスタートした。細々といえば細々だが、新体操を始めるところから自分で教えたいというのが日高舞の理想だった。

しかし、生徒募集のポスティングをしたり、ポスターを貼らせてもらったりしたが、生徒はなかなか増えなかった。

その一方で、全国レベルの大会での審判も務め、体操のナショナル選手やシンクロナショナルチームのトレーニングの指導にも関わり、さらには結婚もし、子どもも授かった。「欲張りすぎ」「頑張りすぎ」とは言われても、全部やりたいことであり、投げ出すわけにはいかなかった。ときには、倒れて入院騒ぎも起こしたりしながら、日高は「結婚・子育て」と指導者としてのキャリアを両立させようと奮闘を続けている。

 2017年1月。出産を目前に控えた日高に会うために、クラブの練習場を訪ねた。たしかにお腹にふくらみはあるが、とても臨月とは思えない。いわゆる「妊婦」にはとうてい見えない体なうえに、このときも彼女はよく動き、(いや、動きすぎ)自分でさまざまなことをやって見せながら、選手を指導していた。それでも、「さすがにもう動けないから」と言っていたので、身重でなければもっと動いて教えているのだろう。

 

日高が指導者になって1年目に、東京女子体育大学の公開レッスンで教えているのを見たことがあった。そのとき、日高の教え方が非常に論理的で冷静なことに驚いた。とても指導者になりたてとは思えなかったが、そのときは、彼女が少し前までは教わる立場だったから「教わる側の気持ち」がわかるのだろう、と思った。

あれからもう4年がたっていた。指導者としての経験も積んできているだろうに、日高の教え方は、いい意味であまり変わっていなかった。淡々としていて、理詰め。おそらくこれは彼女が「こうしてほしかった」教え方なんだろうと思う。

 

宮崎で生まれ育ち、小学生時代は九州では有名な選手だった。

それでも、「宮崎の天才少女」として過ごすことをよしとせず、中学から関東に出て、安達新体操クラブに入り、瞬く間に日本のトップ選手に駆け上がっていった。日高舞はそんな選手だった。それほど、指導に飢えていたんだと思う。どうすればもっとうまくなれるのか? もっと強くなれるのか? を教えてほしかった。

だから日高は、たとえ相手が小学生であっても、「きちんと説明」をする。

「キャッチのときに、こうやってるでしょ。ここで動きが止まるよね、だからそこでリボンも止まるんだよ。キャッチした瞬間に止まらないで。」

どうダメなのかやって見せて、指摘して、どうすればいいのかやって見せる。

「フェッテたくさん回ってるつもりでも、途中ではねたら後はカウントされないからね。」

「そのキャッチの仕方だと落とすよ。必ず手のひらを上にして。」

「落ちてきた手具をキャッチするまでは、しっかりバランス止まってないと。」

その注意は細部にわたる。が、決して怒鳴るでもなく、あくまでも静かに指摘する。

もちろん、いつも同じなわけはない。

ときには厳しく叱ることもあるだろう。

だけど、彼女の指導は、「添え木」のような印象だった。

自分の指導力で強くしてやる! という牽引型ではなく、子ども達の向上しようとする姿勢を、少し離れたところでサポートする。それ以上でも以下でもない。

これがおそらく日高舞が望んでいた指導。

「必要なことはきっちりと教える一方で、自分で考え、工夫する余地は残す」

ではないかと感じた。

そして、おそらくこれからの選手たちには、そういう「自律心」がもっとも必要になってくると思う。

「自分で考えて動ける選手にならないと意味がない」日高舞はそう言った。

そこが、彼女の目指すところなのだ。

2人からスタートした日高舞の「Infiny新体操クラブ」は、2017年1月から週3日練習のクラス、週5日練習のクラスを設け、選手・育成クラス、プレ育成クラス、ジュニア、キッズと子どもの目標と能力の合わせたクラス編成をとるようになった。はじめはなかなか増えなかったクラブ員も、今では32人になった。昨年末には、草加や町田での試合も経験した。選手としてはまだまだよちよち歩きだが、それでも着実に前進している。

 

この取材から1か月もたたないうちに、彼女は第1子を出産した。そして、あっという間に指導に復帰し、実家の親御さんなどのサポートも受けながら、わが子と選手の両方を育てている。

頑張りすぎだけが心配だが、思えばもともと日高舞はそういう選手だった。

「名選手でありながら、名指導者にもなりそうな気配」を感じさせつつも、決して功を急ぐことなく、これからも彼女はマイペースで進んでいく。

 

【Infiny新体操クラブ】

活動場所:千葉県浦安市界隈

問い合わせ先:クラブホームページ

http://mai-hidaka.com/

メール:infiny-rg@softbank.ne.jp

 

PHOTO:Ayako SHIMIZU      TEXT:Keiko SHIINA