2017全国高校総体に向けて②~前橋工業高校(群馬県)

『今日はうちの《秘密兵器》も来ますよ。』

と、前橋工業高校の高橋監督が言った。

前日に県総体を終えたこの日はあまり詰めた練習はしていない、とは聞いていたのだが《秘密兵器》とはいったい?

高体連関東ブロック大会の団体では、5月の団体選手権で全日本選手権出場権を獲得した光明学園相模原高校に惜敗、前橋工業の関東3連覇は叶わなかったが、叙情的な音楽と独創性あふれるその演技には会場中から多くの感嘆と大きな拍手がおくられた。


全日本ジュニアでも榛東中学校として団体、個人で活躍し、高校1年生からレギュラーとして高校総体、選抜にも出場し続けたメンバーがいよいよ今年、最上級生となった前橋工業。

いわば今年は「勝負の年」だ。

昨年度は体操協会主催のリオ五輪の報告演技会(新潟、静岡会場の二箇所)で、体操のメダリスト達やフェアリーJAPAN POLAなど錚々たる顔ぶれと満場の観客を前に、エキシビション演技を披露するなど大舞台の経験も積んできた。

高校生ながら堂々たる演技と評判をよんだことも記憶に新しい。
男子新体操のある高校として古豪のイメージのある前橋工業だが、実は全日本選手権への出場はない。過去、出場権獲得したことはあるが諸事情で見送った経緯があったという。
『やはり出してやりたいです。(総体5位以内の全日本選手権出場権獲得は)かなり熾烈な争いになると思いますが。』

と高橋監督は言う。

この日、他競技の県総体試合会場になっていたり対外試合が行われていたために多くの人が校内を往き来していてかなり賑わっていたのだが、新体操部の練習するサブアリーナは外の喧騒が嘘のように静かだった。
活気がない、のではない。
分習が中心のこの日は個々の課題や構成の細かい手直しのチェックなどが行われていて比較的淡々とした練習内容だったこともあるのだが、高橋監督が大きな声で指導しなくても自主的にどんどんと進んでいくし、少し声を掛ければ全員の目と耳がすっと引き寄せられるように集中する。



団体キャプテンで、個人でも総体出場を決めた武藤翼(3年)に話をきいてみた。
『団体は、今年こそ上位を、全日本出場枠を狙っていきたいです。このメンバーなら出来る、と信頼しています。例年に比べオリジナリティの感じられる組み技が多く、そこをしっかりと出来ればと思っています。関東大会から構成もかなり変えてこれから詰めていく段階ですが、いいものにしたいです。』
『個人では自分の演技が出来れば。クラブは自分的に攻めている箇所もあるのでしっかり成功させて、上位を狙っていきたいです。』
『リオ五輪の報告演技会では、360度周りにお客さんがいる状態で、会場が暗くライトの中という慣れない環境でも自分たちの演技が出来ました。予想以上に周囲の反響も大きくて。みんな自信がついたと思います。とてもいい経験をさせてもらえました。』

どちらというと控えめな印象の選手だが、その言葉は力強かった。たしかに「自信もついて」きているのだろう。

武藤だけではなく、チームとしても、だ。


卒業生の宮澤一成(国士館大4年)がちょうど教育実習期間で、指導にあたっていた。大学の団体キャプテンとして活躍する選手でもある彼の動きや指導を、やはり全員が集中して見逃すまい、聴き逃すまいとする気持ちが、この場のこの静けさなのだな、ということが伝わってきた。
宮澤もとても努力家で真面目な性格でもあり、自分でも積極的に動いて見せながら丁寧にかつ熱心に教えている。

宮澤は言う。

『自分は高校で新体操は終わりにしよう、と考えていたんです。ですが高校でやりきった感がなかった。だったらもうちょっと、どこまで自分は出来るのか、と考えて大学へ進学することにしたんです。』
『教育実習で今回母校へ帰って来てから、大学で学んでいること、実践的な技術や理論などが本当に役に立つものなんだなと実感していて、進学して良かったと感じています。』



高橋監督も、
『3年後の東京五輪の年の高校総体は北関東総体で、地元開催になります。その時に卒業生が力になってくれればと。そしてそれがその先にも繋がってくれたら。そのためにも新体操を続ける生徒を育てたい、大学へ送り出したい。息の長い選手をつくりたい。』と言う。

さらに、
『実は3年ほど前に、主力選手が大会直前に怪我で抜けるなど苦戦を何度も繰り返して。どうしようもなく悩んで、あれこれ探して、市内のスポーツトレーナーをされてる方に藁にもすがる思いでコンタクトをとったんです。何とかしたい、何かすべはないかとと切々とお願いをして。』と高橋監督が柔道整復師の小畑満氏を紹介してくれた。

現在は、ハート接骨院(http://www.heart-b-s.com/)の院長を務める小畑氏は、Jリーグの選手のパーソナルトレーナーや、テニスクラブのクラブトレーナーなどのほか、群馬県教育委員会スポーツエキスパート活用事業外部指導員や県内小中学校保健委員会特別講師など幅広くアスリートのサポートに携わっている。

何度か練習にも来てもらい選手を診てもらううちに、選手や監督の熱意と新体操の面白さにはまり、それこそ休み返上で付き合ってくれたり大会へも足を運んでくれるようになり、今では監督以上にビデオを繰り返し見直して研究してくれている、という。
『うちの秘密兵器』とは、彼のことだったのだ。



この日も練習中の選手1人ひとりの状態や動きをチェックしながら、基本的な動作の確認などをしていて、
『例えばこの動きの軸足、一歩踏み出すときにどこに体重を乗せるか、この場合は親指に乗せる。歩く動作の延長上にこの動きがあるから自然に体重はここ。』と具体的に指し示しながら解説をする小畑氏の言葉は、納得もしやすいのか軸の不安定だった選手もスッと滑らかな動きになった。
『おかげで、今は大きな怪我はほとんどなくなりました。本当にありがたいです。』

と高橋監督も絶大な信頼を寄せている。

小畑氏は言う。

『つまりね、怪我をしてからさあどうしようか、というのではダメなんです。怪我をしにくい身体作り、意識作りが大事。目指しているのは、身体に無理な負担をなるべくかけない状態で、最高のパフォーマンスを引き出すこと。自分の身体の使い方を意識して最大限に活かす。効率の良い運動で最善の演技をつくることを手伝ってる、という感じです。』
『無理して負担の大きい状態は美しさとはやはりかけ離れていると感じるし、新体操は美しさを競うわけだから。』

小畑氏の新体操への理解は深い。

それだけ、この競技を研究しているのだ。


フィジカルの安定はメンタルの強さをも生む。
そのメンタルの強さは自信へと、さらなるフィジカルの強化、より難易度の高い技へ、次への挑戦へと繋がっていくのではないか。
一見静かな、淡々としてみえたこの日の練習も、そうした安定感からくるものなのではないか。
現に部員の中には新体操での大学進学を検討しているメンバーもいるという。
まさに、息の長い選手をつくる。という高橋監督の思いは選手にも浸透しつつある。

そして、3年かけて改革してきた身体作り、意識作りの成果を発揮する。ある意味、今年の総体はその集大成とも言えるのではないか。



『リスクの高い大技で勝負する選択もあるとは思いますが、様々な負担を考えると難しい。

ですが、関東大会で思いのほか、観客の反応が大きく、その後届いた評判も好意的で、それは選手にも自信になりました。

あとは、それが得点に繋がるように修正していきながら総体本番にはより良い演技が出来るように日々努力していきます。』

あくまでも冷静に、足もとを見つめながら、一歩一歩前に進んでいく。

高橋監督はそういう指導者であり、前橋工業はそういうチームだ。


彼らは、静かなる闘志とともに、まっすぐに未来を見据えている。
 

PHOTO & TEXT:Ayako SHIMIZU     Edited by Keiko SHIINA

※2017年度全国高校総体団体競技は、8月12日(土)9時15分競技開始

 於:山形市総合スポーツセンター第一体育館

 (JR山形駅よりタクシー利用で15分 バス便もあり)