昭和学院高校②「伝える」

昭和学院の新体操部員は、高校生が21名(内3名がマネージャー)、中学生は15名とかなりの大所帯だ。

それだけ人数がいれば、いわば選手は選び放題。

そのときいちばんうまい選手を使えばいいのだから、そりゃあ強いチームもできるだろう、と思われそうだが、決してそうではない。

最終的に試合のフロアマットにのるのは5人だが、その5人を下支えする選手たちの育成に力を注いでいるところが、今の昭和学院の強さの源であると、その練習ぶりから感じた。

レギュラー以外の選手たちが、意欲的に練習し、向上していける環境があれば、もちろん、次代を担う選手が育つ、いざというときに代わりを務められる選手が育つ、そういう意味でのチーム力があがっていくことは誰にでもわかる。

わかるからと言って、やれるかといえばそれはまた別問題ではあるが。

さらに、レギュラー以外の選手たちが、頑張っていることによって、レギュラーメンバーは、より頑張らざるをえなくなる。その効果は、非常に大きい。

試合に出る選手たちに対して、「感謝の気持ちをもて」とは、多くの指導者が言って聞かせていると思う。選手たちも、「感謝の気持ちをもって演技する」とよく口にする。

しかし。

本当に心の底からそう思っているだろうか。

いざ試合が近づけば、自分たちが一番苦しい練習をしている。自分たちが一番頑張っている。

と思うようになってもおかしくない。

ついには、「自分たちだけが頑張っている」という気持ちになることだってあるだろう。

上を目指しての練習ならば、きついだろうし、厳しいだろう。だったら、そんな気持ちになるのも無理はないと思う。

代わりの選手もいない状況だったら、なおさらだ。

せっかくの試合に出られることも、「出ないわけにはいかないから」という義務になってしまう。

そうなってしまえば、感謝の気持ちなんてもてるはずはない。

それが、ここでは、他のチームにいれば、普通にレギュラーだろうと思えるような選手でも「いつかはレギュラー」を目指して、懸命に頑張っている。そして、自分はまだ出られない分、レギュラーメンバーには、力を出し切ってほしいと心から願い、祈り、応援してくれる。

この日の練習のおわりぎわに、Aチームが通しを行ったとき、高校生も中学生も、全員がフロアの後ろに並んで、応援していた。

その応援は、まるで本番の一本を見守るような熱をもった、真摯な応援だった。

彼女たちは、こんな思いを常に受け止めながら、練習し、演技しているのだ。

頑張れないわけはない。いや、頑張らないわけにはいかない、のだ。

昭和学院の作品は、昨年に続いて今年も「タンゴ」を使った、大人っぽく、女性らしく、艶っぽいものだ。昨年の作品を初めて見たときには、素晴らしい! と思いつつも、高校生には少し背伸びした感があるかな? と思ったものだが、1年かけて徐々に完成度が高まっていき、11月の全日本選手権での演技が素晴らしかったことは、今でも忘れられない。

昨年とは何名か選手は入れ替わっているが、今年のチームも、昨年のチームで培ってきた表現力は健在だ。

昭和の作品は、その年の選手たちの個性に合わせて、塩屋監督が選曲するそうだが、今年の選手たちの「しなやかな美しさ」が生かすことを意識して、あえて今年もタンゴ「アディオス・ノニーノ」、という選択をしたという。

「亡くなった父への敬意と追悼の思いを込めた」と言われているピアソラの名曲で、フィギュアスケートや、新体操でもよく使われている曲だが、哀しみや強さ、そして情熱といった多くの感情が渦巻く、重みのある曲で表現するには、なかなか歯ごたえのある曲のように思う。

が、昭和では、作品を作っていく過程で、監督と選手たちが一緒に、その作品に込められた物語、も考えるのだそうだ。

それを聞いて、昨年のあの作品から、様々な思いがはっきり伝わってきた理由がわかった気がした。

そして、この日の練習で見た3チームが、レベルの差はあるにしても、同じものを表現しているように見えたことにも合点がいった。

演技が音楽に合っていること、は大切だが、音に合ってさえいればよいわけではない。

そこに流れる感情や、物語もしっかりと共有できていてこそ、「なにか」が伝わる。団体ならなおさら、だ。

哀愁のある曲だから、悲しそうな顔。のりのいい曲だから、笑顔。

それだけでは、伝わるものは薄い。

 

昭和の作品は、まず、その物語も含め、全員が(レギュラーだけでなく)共通理解している。

そして、それを伝えるために、どうするか。

監督は繰り返し、こう言っていた。

「落ち着いて、冷静にやって」

「余裕が出れば、感情が出るから」

 

当たり前といえば、当たり前のようだが、真実だと思う。

表現することは大切だが、「表現しよう」という思いばかりが先走ったのでは、それは伝わる表現にはならない。

また、演技を遂行することに必死になっている傍らでの「表現」でも伝わらない。

 

演技はあくまで落ち着いて、冷静に行う。

そのうえで、音楽を感じて、感情を出す。

そうすれば、きっと「伝えることができる」のだ。

新体操の、とくに団体は、チームよってカラーが大きく異なる。

それだけにノーミス勝負だった場合は、甲乙つけがたい勝負なることも少なくない。

だから、今年の昭和学院の作品が、「勝てる」かどうかはわからないが、少なくとも彼女たちの「思い」を伝えられる作品になるだろう。

そして、「みんなで闘う昭和」の仲間たちの大声援を受けて、その声援に応えるだけの演技を、彼女たちは見せてくれるに違いない。

 

PHOTO:Ayako SHIMIZU      TEXT:Keiko SHIINA