Road to LONDON Vol.3

「期待はどんどんしてもらって、倍にして返したい」 

 と言える内村航平の強さ。

 

 正式にロンドン五輪代表選手が決定した5月5日、すでに1人だけ先に内定をもらっていた内村は、「今までの5ヶ月間は、一人だけの代表ということでさびしく過ごしてきましたが、やっと5人そろってさびしさから解き放たれました。」と言い、報道陣の笑いを誘った。

 しかし、これは決してウケを狙った発言ではなく、今大会での内村は、「120%の確率」とまで言われている自分自身の個人総合の金メダルより、団体での金メダル獲得に懸けており、その気持ちの表れでもあった。団体の金メダルは1人ではとれない。5人のメンバーが揃って初めて具体的に見えてくる目標なのだ。

 代表メンバーが決まる前から、内村は、「今の日本は誰が代表になっても、団体で金は狙えるだけの力がある」と言っていた。それだけ内村は仲間達を信頼しており、「体操ニッポン」に誇りをもっているのだとも言える。

 

 なかでも、内村がもっとも信頼を寄せているのは日体大、KONAMIと同じ道を歩んできた同級生・山室光史だ。代表選考のかかった4月の全日本選手権で成績が振るわずNHK杯を背水の陣で迎えた山室のことに、報道陣がふれると、内村は、「山室はポイント制で絶対入ってくると思ってます。団体金のためには必要な人材なので(代表から)落ちることはないと思う。」と言い切った。内村の山室に対する深い信頼、山室の代表入りを切望していることが感じられた。

 

  山室も、「内村といっしょに出る五輪」には深い思い入れがある。代表決定後のインタビューで山室は、「率直に言って、うれしい。4年前は落ちているので。」と言った。高校時代から競い合い、認め合い、同じ環境で練習することで、刺激し合うことを望んで一緒に日体大に進学した内村は、急成長して北京五輪に出場を決め、その大舞台で個人総合銀メダルという活躍を見せた。しかし、山室は代表決定戦に残ることさえできていなかった。常に競い合ってきた関係だけに、4年前についてしまった内村との大きな差は、ときに山室を絶望させたのではないかと思う。

 それでも、2010年からは世界選手権の代表メンバーにも入り、昨年の世界選手権では、個人総合とつり輪で銅メダルも獲得した。そのときも、喜びを隠し切れない笑顔ながらも「もう1つ上がよかった。航平とワンツーがよかった。」と山室は言った。内村と山室。彼らは「2人」で、世界の頂点を目指してきたし、今回も団体金を目指しているのだ。

 

 代表選手5人中3人が北京五輪を経験している女子に対して、男子は内村航平以外の4人が全員初出場である。最年長の田中和仁は、すでに27歳。4年前の代表決定戦では、総合で6位につけながらも、代表入りはできなかった。体操王国・日本の層の厚さゆえ、山室にしろ田中和にしろ代表入りへの道は険しかったのだ。

 今回、鉄棒のスペシャリストとして選出された田中佑典も、ユース時代は内村と並ぶ期待値の高い選手と言われていたが、昨年の世界選手権が初代表。初出場のプレッシャーからか本番でも力を出し切れず、種目別決勝終了後のミックスゾーンに泣きはらしたような赤い目で出てきたのが田中佑だ。

 今回の代表決定戦でも、鉄棒では十分にポイントを稼いでいたものの、最終種目のゆかで大きなミスを犯し、総合順位が代表選出の条件を下回ってしまうのではないか、と最後までハラハラさせ、インタビューでも「メンタル、弱いです」と、目を真っ赤にしながら、自虐コメントを残した。それでも、田中佑の鉄棒は、内村をもってして「注目している」と言わせるだけのハイレベルなパフォーマンスだ。「去年の世界選手権のリベンジをしたい。五輪では、団体での金に意識を集中して、自分の役割を果たしたい。」と、記者会見では力強く語った田中佑。ロンドンでの活躍を期待したい。

 

 やっと代表入りの夢をかなえた先輩達に混じって、「信じられない。夢のようでまだ実感がない。」と繰り返していたのが、加藤凌平だ。大学1年生。まだ18歳の加藤が、「五輪に出られるかも」と意識したのは、4月の全日本選手権を終えて2位につけていた、そのときやっとだったという。それでも、その思いは、「もしかしたら」くらいのほのかな期待にすぎなかった。3回半ひねりという武器をもち、15点台を軽くマークできる得意のゆかが特化種目となり、ゆか選出は加藤と予測する向きも多かったが、本人は、「リオ五輪には出られたらいいな」くらいに、考えていたのだそうだ。

 世界選手権の代表も経験しないままいきなりの五輪出場のプレッシャーは計り知れないが、思い返せば、北京五輪のときの内村航平もそうだったのだ。

 「世界で戦った経験がないので、その分、プレッシャーがかからずにやれると思います。いつも通り、のびのびと楽しんで演技して、チームに勢いをつけたいです。」昨年、東京で行われた世界選手権は応援にきて、あまりの観客の多さ、声援の大きさに驚き、「いつかこんな場所に出ることになったら、自分はちゃんとやれるかな?」と考えてしまったという加藤だが、「その時」は、思った以上に早く来てしまった。それも「五輪」という最大、最高の舞台だ。

 代表決定戦の前に、加藤の母は、「いつも通り、自分のペースでやりなさい」とメールを送ってきたそうだが、おそらくそのアドバイスは、五輪でも同じだろう。若さゆえのこわいもの知らずで、伸びやかな演技ができれば、北京での内村の再現となる可能性も秘めている18歳だ。

 

 そして。

 「団体の金のことだけを考えている」と言いながら、個人総合も鉄板の金メダル候補である内村航平の強さは、本物だ。昨年の世界選手権で、内村が個人総合3連覇を決める鉄棒の演技を終えたとき、会場の中で、一番早く立ち上がって拍手を始めたのは、海外の選手達だった。彼らの内村に対するリスペクトぶりは、ただごとではない。ライバル選手達も、「打倒内村!」というよりも、尊敬と憧憬の目で内村の一挙手一投足を見つめているのだ。

 ここまで「勝って当然」と思われていることさえ、彼にはなんらプレッシャーにはならないというから、それもまた驚きだ。なにしろ、代表決定後、会場内の大スクリーンに映し出されながらのインタビューで内村航平は、「期待はどんどんしてもらっていいです。倍にして返します。」と言い切ったのだから。

 自信家なのか楽天家なのか。もちろん、その自信にはこれまで積み重ねてきた努力、実績という裏づけもあるのだろうが。さらに。彼には、稀有なまでの「潔さ」がある。

 突出した技術をもち、さらに、ここまで強いメンタルを兼ね備えた選手だから、内村航平は、空前絶後の名選手になった。そして、彼は、ロンドン五輪でまた新たな伝説を書き足そうとしている。

text by Keiko SHIINA

GymLove ジムラブ