Road to LONDON Vol.2
●体操女子「熱い代表争い」で得たもの <下>
あまりにも熾烈なサバイバルレースを終え、代表決定を受けての記者会見での鶴見、美濃部、新竹のコメントは以下のとおりだった。
鶴見「今日はすごく緊張したが、自分を信じて思い切ってできました。4月の全日本のあと、上位と点差があって心配でしたが、ちゃんとやれれば絶対に大丈夫と信じてやってきました。(甲を怪我する前には)まだ100%は戻ってないので、それが戻せるように五輪までの時間は、練習したいです。」
美濃部「今日の演技は、まあまあよかったです。昨日はすこし慎重になってしまいましたが、今日は自分のリズムで、攻める気持ちで強気にやれました。」
新竹「段違い平行棒のミスで、出遅れましたが、そこからやるしかない! という気持ちで、着地まで狙っていこうと思いました。ロンドンまでの課題や修正点もあるので、しっかり練習していきたいです。」
さらに、今回の試合について聞かれると、鶴見は、「挽回しないと代表に入れないという試合展開は自分にとっては初めてでしたが、そこで跳馬、平均台、ゆかは全日本よりもいい点数が出せたことや、大過失がなかったことは自信につながりました。」と答えた。美濃部は、同じ質問に対して、「今日は平均台が完璧に近い出来でした。最後まであきらめない気持ちで、集中できていたのがよかったと思います。」と胸を張った。たしかに美濃部が平均台でマークした14.900は、優勝した田中理恵でも出せなかったハイレベルな得点だ。ことによっては代表落ちもあり得るという緊迫した状況で、ここ一番の演技が出たことは、美濃部には大きな自信になったに違いない。
さらに、新竹は、「段違い平行棒でミスしてしまったので、平均台とゆかがポイントでした。最後まで自分を信じて、守りに入らず攻めることができたのがよかったと思います。ゆかのターンも、高難度のものに挑戦できてよかったです。」と、心底ホッとした、といった笑顔で答えた。
NHK杯1日目が終わった時点で、代表選考レースの2番手には寺本明日香と笹田夏実という高校生コンビがつけていた。普段から仲もよいという高校生の2人がそろって代表入りすれば、話題にもなるだろう。
時代は常に新しいスターを求めるものだ。
すでに1回は五輪に出ている鶴見、美濃部、新竹が再び代表になるよりは、高校生コンビのほうをロンドンに。そんな周囲の思惑を、彼女たちも感じなくもなかったのではないかと想像する。
そして、「田中、寺本、笹田は当確! 落ちるのは鶴見、美濃部、新竹の中のだれか」というシナリオがあるかのような1種目目の展開だった。そして、2種目目の段違い平行棒が終わった時点では、「新竹脱落」の可能性はかなり濃くなったように見えたのだ。
体操競技の種目移動の時間は、案外短い。
段違い平行棒から平均台に移るとき、新竹は十分に気持ちを切り替えることはできているのだろうか。と見ているほうは心配になったが、当の新竹は、こう思っていたという。
「今まで世界戦の代表決定戦で余裕があったことなんかない。それでもやれてきたのが私だ。絶対に気持ちでは負けない。」
そして、平均台の前には、「中途半端な演技ではダメだ。思いっきりやろう」と覚悟が決まっていたのだという。平均台では、すこしぐらつきも出てしまったが、それでもしっかり持ちこたえ、着地も止めにいき、狙いとおりに止まることができた。段違い平行棒のミスで沈んではしまったが、そのまま簡単に置いていかれてたまるか! そんな決意表明のような新竹の平均台の演技は、そのあとに演技する寺本、笹田に十分なプレッシャーを与えることに成功した。
結果、笹田の平均台に大きなミスが出て、2種目目で地獄を見た新竹が、3種目目で再び浮上したのだ。
最終種目となったゆかの前、新竹は、「ミスが出ないように、ターンは3回にしてまとめたほうが安全かも」とも考えたという。しかし、それでは、自分より後に演技をするゆかが得意な笹田に逆転し返されるかもしれない。笹田はNHK杯1日目のゆかでは、12.700という高い得点をたたき出している。その笹田から追いつき、追い越されないだけの得点を狙うためには、「安全策でまとめる」という選択肢はない、と新竹は判断した。
「アップのときからターンは4回回るつもりでした。自分は攻めるしかないので。
じつはターンはやや安定していなかったので、4回転に挑戦するのは、内心ドキドキでした。だけど、冷静にかつ大胆にいかないと自分は勝てないと思っていたので、思い切れました。」
試合後のミックスゾーンで、笑顔を浮かべながら、関西なまりで話す新竹はじつにふんわりとした雰囲気のお嬢さんで、いったいどこにそんな芯の強さがあるのか、と思う。しかし、彼女には、「いつもギリギリのところで戦ってきた自分」を信じる力があり、それが強さにつながっているのだ。
「勝って当然、なんて試合はしたことがない」それがおそらく彼女の誇りだ。
だからこそ、追い込まれた状況でも、冷静かつ大胆に力を出し切ることができる。
美濃部も同じだ。
北京五輪の代表に入ってはいたが、結局、一度も出番がなかった。
「もっと信頼される選手にならなければ」と思い知らされた北京五輪は
美濃部には苦い思い出かもしれない。
だから。
今回、彼女は絶対に代表を逃すわけにはいかなかったのだ。
周囲が「北京のときは選ばれてたからいいじゃない」と言ったところで、
彼女は、「五輪に出た」という実感も自信も得ていなかったのだから。
その「絶対に逃せない」という思いが強すぎて、美濃部は、NHK杯1日目は、得意の平均台で点を伸ばせなかった。その悔いが2日目の起死回生の演技につながった。
ミックスゾーンで、「平均台、すごかった。まったく危なげなかった」と記者から
声をかけられると、「手、震えてたんですよ。」といたずらっぽい笑顔を見せた
美濃部。手が震えるほどの緊張の中で、1ミリの迷いも不安もなく見える大胆な演技をやってのける、その精神力は、やはりギリギリの立場を数多く経験してきた者だけがもてるものなのかもしれない。
となれば。
今までは、日本の女子体操の揺るぎない女王だった鶴見が、今回の決定戦のような追い込まれた試合で、粘りを見せたことは、日本にとっては明るい材料と言えるだろう。
国内では圧倒的な強さを見せてきた鶴見に足りないものがあるとすれば、競り勝つ強さではなかったか。しかし、それももう過去の話になりそうだ。
新竹が言った。
「前回の北京五輪のときは、がむしゃらでこわいもの知らずでした。
でも、体操の楽しい部分だけでなく、つらさも苦しさもよくわかったこの4年間は大きかった。それだけに今回のほうが代表入りはよりうれしいです。
そして、今振り返ってみれば、4年前は自分では一生懸命なつもりでもあまかったと思うところがたくさんあります。」
4年前の自分の甘さがわかるほどに、今の彼女は強くなった。
それはおそらく、美濃部も鶴見も同じだろう。
体操の女子選手が3回五輪に出るのは容易なことではない。
鶴見、美濃部、新竹には、ロンドンが最後の五輪になる可能性もある。
さらに、トップ通過を決めた田中理恵も、体操では異例の遅咲きの25歳だ。
5人の代表選手のうち、4人がことによっては「(おそらく)これが最後の五輪」という覚悟を、もって挑む。
その思いの強さ、深さが、日本女子チームの大きな力になるに違いない。
北京五輪5位、2011年世界選手権団体予選5位。
どん底だった女子体操をそこまでにした立役者である彼女達の
集大成となる演技を、ロンドンで見たい。
text by Keiko SHIINA.
GymLove ジムラブ