Road to LONDON Vol.1

●体操女子「熱い代表争い」で得たもの <上>

ロンドン五輪では、男子体操の団体金メダル、内村航平の個人総合金メダルに大きな期待が寄せられているが、女子体操もかなり期待できそうだ。

 

今大会には当然のように団体にも出場する女子体操だが、じつは、前回の北京五輪(2008年)が、久しぶりの団体出場だった。アテネ(2004年)、シドニー(2000年)のころは、団体での出場権利が得られないところまで女子体操は低迷していたのだ。

 

それが、2007年の世界選手権で団体予選12位、個人総合で鶴見虹子が18位に入ったあたりから徐々に上昇気流にのり、北京五輪では3大会ぶりの団体出場を果たしたのだ。しかも、北京五輪では、団体予選で8位となり、決勝進出。決勝では順位を5位まで上げるという大健闘を見せたのだった。

 

今回のロンドン五輪の 代表選手には、4年前、北京での躍進を見せたチームのメンバーから「鶴見虹子・新竹優子・美濃部ゆう」の3人が入った。北京のときは6人だった代表選手枠が5人に減ったため、代表選考レースは熾烈を極めたが、それでも、この3選手は2大会連続での五輪出場を決めたのだ。選手としてのピークが早い女子体操だけに、これは価値ある連続出場と言えるだろう。

 

なにしろ彼女達の代表をめぐる戦いは、あまりにも苛酷だった。

 

2012年5月5日、NHK杯2日目。

この日は、ロンドン五輪の代表選手が決定する日だった。

 

4月に行われた全日本選手権、そして、NHK杯1日目までの成績を累計すると

トップに立っていたのは田中理恵、2位には寺本明日香と笹田夏実という2人の高校生が並んでいた。以下、新竹、美濃部、鶴見と続く。

鶴見は、4月の全日本選手権のときには甲の故障があり、かなり調子を落としていたため、代表圏外の成績で終わっていた。NHK杯1日目で怒涛の追い上げを見せ、6位まで順位を上げてきたが、鶴見が代表入りするには、あと1人誰かを追い落とさなければならなかった。

 

背中が見えているのは、美濃部、そして新竹。

北京五輪ではチームメイトだった3人によるサバイバルレースの様相となっていた。

 

●1種目目・跳馬。

寺本、笹田、田中の順に試技を行い、3人とも大きなミスはなく、後続にプレッシャーをかける。鶴見、美濃部、新竹もミスなくいい跳躍を見せるが、上位3人よりも少し低めの得点となり、差は縮まらない。3人の中では鶴見がもっとも高い得点をマークし、代表をぐっと引き寄せた。

 

●2種目目・段違い平行棒。

最初に試技を行った笹田は、歯切れのいい演技を見せるが、中盤すこし車輪の軸がずれるミスが出て13.350。田中が、ダイナミックな演技で14.150をマークしたあとに登場した鶴見は、懸命の演技を見せ、着地も美しくまとめ14.000。上位にぐっとにじりよる。美濃部もガッツポーズの出る渾身の演技で、13.950と、鶴見の猛追をなんとかかわそうと必死だ。

ところが、ここで新竹に、演技途中で、足が低バーにあたるという痛恨のミスが出て13.000。この時点で、新竹が一気に6位まで順位を下げ、代表落ちの危機に直面することになってしまった。

 

●3種目目・平均台。

いよいよ代表争いも佳境となり、緊迫した空気の中で、選手はもっとも緊張すると言われる平均台に向かう。

第1演技者は、不動のトップをひた走る田中だが、そんな田中でさえ、この平均台ではジャンプのあと大きく体を揺らした。なんとか踏みとどまったが、13.700。続く鶴見も、小さなぐらつきの見える演技となり、13.750。会心の演技で代表入りを確実にしたいところだったが、やはりかなり緊張が感じられた。

3番目に登場したのは、美濃部だが、彼女は、NHK杯1日目は、得意の平均台で得点を伸ばせていない。ところが、このときの美濃部の平均台は、まさに「神がかり」とも言える圧倒的なパフォーマンスだった。どうしても、ぐらつきが出てしまったり、落下をおそれるあまり慎重になりすぎ、演技の流れが止まってしまいがちな平均台で、美濃部は、まるでそこが床の上であるかのような、迷いのない演技を見せた。ぐらつきも、動きの滞りもまったくない。別次元とも思えるこの演技には、なんと14.900という高い得点が与えられ、美濃部の代表入りをほぼ決定づけた。

段違い平行棒でのミスで気落ちしていないはずはない新竹だが、美濃部の圧倒的なパフォーマンスの直後にもかかわらず、しっかりと自分のペースを保って演技を行い、鶴見に迫る13.650をキープ。まだ、最後までわからない! 新竹のあきらめない強さ、が見える演技だった。

鶴見、新竹、美濃部もまだ20歳そこそこの若い選手達だが、女子体操の世界ではともすれば「ベテラン」と呼ばれてしまう。しかし、このベテラン達のすさまじい気迫に飲み込まれたかのように、前日までは破竹の勢いだった若い寺本・笹田が飲み込まれていく。

寺本は、ターンでバランスを大きく崩し、着地も小さくはねてしまい、13.050。

そして、笹田はジャンプ後にバランスを崩し手をついてしまう大きなミスを犯し、12.500。ここで一気に6位に後退してしまう。

 

●4種目目・ゆか

第1演技者の鶴見のゆかは、ラインオーバーもあり、13.150。続く美濃部は、エネルギーの感じられる演技で、13.100。

そして、平均台での笹田のミスで、一度は消えかけていた代表の目が出てきた新竹がフロアに現れる。この時点でわずかに笹田をリードしている新竹には、ミスは許されない。しかし、安全策の演技では、ゆかが得意な笹田に逆転されてしまう可能j性もある。そんなギリギリの状況での新竹の演技は、それでも、いやだからこそか、どこまでも落ち着いて見えた。気持ちを昂ぶらせることなく、ただ静かな闘志だけが伝わってくる演技で、13.450。ほぼ代表を手中にしていた鶴見、美濃部との差をぐっと縮める得点が出た。

平均台では、かなり緊張が見えた寺本は、ゆかではなんとか落ち着きを取り戻し音楽によく合った美しい動きを見せ、13.300で、代表入りを決めた。

その寺本とは仲のいい笹田が、逆転をかけて得意のゆかに挑む。しかし、いきなりのラインオーバー。バネもあり、華やかさもある笹田のゆかは、たしかに見映えがよく魅力的だ。しかし、着地が揺れたり、少しずつミスが目につく。最終タンブリングはしっかり決めたが、13.250。得意のゆかだけあって、ミスが出ても鶴見、美濃部らよりも高い得点はマークしたが、代表を争う肝心の相手である新竹の得点を上回ることはできず、この瞬間、新竹の代表入りが決定した。

 

終わってみれば、代表選考会4日間の総得点差は、笹田と新竹が0.4。

新竹と鶴見にいたっては、わずかに0.1。

 

あまりにも厳しく、息づまる戦いだった。

こんなにも熾烈な戦いを勝ち抜けるだけの強い精神力が、

今の体操女子にはある。

北京での「団体5位」のさらに上を、という大きな目標にも

彼女達ならあきらめることなく、食らいついてくれるのではないかと、

期待したくなった代表決定戦だった。

text by Keiko SHIINA

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