「至高のつり輪」(朝日生命)~第70回全日本体操団体選手権

朝日生命のオーダーを見たとき、「最終種目のつり輪は見逃せない」と思った。

 
「全日本団体選手権」は、普段はあまり体操は見ないという人にとってはそれほど馴染みのない試合かもしれないが、選手や関係者にとっては、ある意味、もっとも重みのある大会だ。
 
あの内村航平が、個人では何度も世界チャンピオンになりながらも、「団体金」にこだわり続けたのを見てもわかるように、「チームでの勝利」の歓びは格別なのだ。
 
また、「6-3-3制」で競技が行われるため、選手の平均値だけでは測れない結果が出ることもある。そんな面白さ、可能性があるから、誰もはじめから勝負をあきらめたりしない。
それが団体選手権だ。
 
朝日生命も、なかなか表彰台にはのれずにいるが、ここ数年、大学卒の選手が毎年着実に加入し、社会人選手として成長を見せてきている。
長年エースだった塚原直也は引退したが、「新生・朝日生命」の息吹はたしかに感じられていたのだ。
しかし、10月に行われた全日本シニア体操選手権では、最少人数の5人で戦ったセントラルスポーツに僅差で負け、4位に終わるという屈辱も味わっている。
 
今回の団体選手権に懸ける朝日生命の意気込みは、なみなみならぬものがあったはずだ。
 
そこにきて、この大一番の最後の種目が「つり輪」。
 
そこまでの5種目がどんな展開になっていたとしても、朝日生命がこの「つり輪」に懸けてくるだろう、とは容易に想像ができた。
 
不本意な順位で迎えたならば、一矢を報いるつもりで。
上位争いをしながら迎えたならば、ここで勝負を決めるつもりで。
 
 
 
昨年の団体選手権では順天堂大の4年生として、素晴らしいつり輪の演技を見せた市瀬達貴。ポパイのように発達した上腕、胸筋をしきりにアピールしていた明るい選手だったが、社会人としても体操を続け、朝日生命の一員としてこの舞台に上がってきた。
市瀬は、大学3年生のときはインカレでも個人総合の決勝には残っていない。つり輪ですら種目別決勝に残っていない。この時期に故障などもあったのかもしれないが、決して目立った選手ではなかった。
 
 
それが大学4年のときは、インカレの個人総合9位、つり輪では6位と飛躍を遂げている。そして、締めくくりが団体選手権。結果、順大は優勝には届かなかったが、あのときの市瀬のつり輪はインパクトがあった。
今年の全日本種目別ではつり輪3位、全日本シニアでもつり輪では6位にあたる得点を上げていた選手だ。
 
 
 
日大の選手だった長野託也は、とにかくつり輪の強い選手だった。
大学時代も常につり輪では上位にいた。個人総合で最終組に入る選手ではなかったため、演技順を見落とさないようにするのはなかなか難儀なのだが、いつもつり輪になると遠くからでもわかるような安定感抜群の演技を見せ、上位に入ってきていた。
全日本種目別選手権のつり輪でも、大学2年のときに3位、3年、4年時は4位と常に入賞し続けている。
 
 
朝日生命の選手としては2シーズン目。今でもつり輪には突出した力をもっている。今年の全日本種目別選手権のつり輪でも4位。5年連続で決勝進出を果たしている。10月の全日本シニアではつり輪は4位にあたる得点をあげ、1年後輩の市瀬とともに「つり輪の朝日生命」を印象づけてきた。
 
 
そして、岡村康宏。
「つり輪のスペシャリスト」としては、異質なくらい細身の選手だが、日本人は苦手としてきたつり輪を、山室光史(コナミ)とともに支え、牽引してきた。
 
 
昨年引退した植松鉱治の鉄棒、今年引退した田中和仁の平行棒、亀山耕平のあん馬などと並び、その選手の代名詞になるほど「つり輪」という種目に特化した岡村のつり輪には技術だけでなく、プライドが見える。
決して華やかな種目ではなく、日本では後回しにされがちな種目だが、自分はそこに懸けてきたというプライド。それを感じさせてくれるのが岡村だった。
同時代に山室光史というつり輪の名選手がいながらも、2012、2013年の全日本種目別ではつり輪の優勝者はこの岡村だ。2015年も全日本種目別で2位。今年の全日本シニアでもつり輪は1位となる15.300をたたきだしている。
現在、長野、市瀬という「つり輪巧者」が朝日生命に集まったのも、おそらくこの岡村の存在と無縁ではないだろう。
 
 
そんな3人が、所属の今年の順位を懸けて挑むつり輪。

名演技の連続になりそうな予感はあった。
 
 
果たして、3人の演技は。
大きなミスはなく、彼らの意地と朝日生命にとっては初の団体での表彰台への執念を感じさせる堂々たる演技だった。
 
※参考 ↓ 日本体操協会による大会レポート(第6ローテーション)
 
しかし、市瀬14.650、長野14.750という得点は、本人たちにとっては満足のゆくものではなかっただろう。もっと完璧に力を出し切れれば15点台は出せる力があり、この場面でこそ、その最高の演技を見せたかったに違いない。
それでも、彼らの踏んばりが、最終演技者の岡村を奮い立たせ、15.500という驚異的なスコアをたたきだす演技に繋がったことも間違いない。
 
3人が「つり輪」に懸けてきた、その思いが強かったからこそ、
朝日生命は、このギリギリの場面で、コナミスポーツクラブに追い付き、団体3位をもぎとることができたのだ。
つり輪でのチーム得点「44.900」はもちろん、トップだ。
 
 
「つり輪」
このいささか地味な印象の種目に懸ける男たちの戦いはまだまだ続く。
山室もまだこの種目の王座返り咲きを狙っているだろうし、全日本シニアではつり輪2位の野々村笙吾(セントラルスポーツ)、3位の武田一志(徳洲会体操クラブ)も虎視眈々と「つり輪マスター」の座を狙っている。
 
以前は、「あん馬」と「つり輪」が日本の弱点と言われていたが、「あん馬」では、世界チャンピオンにもなった亀山耕平(徳洲会体操クラブ)をはじめとして、萱和磨(順天堂大学)、長谷川智将(徳洲会体操クラブ)など強い選手が増えてきている。
今年の全日本シニアではさらに、垣谷拓斗(セントラルスポーツ)、岡準平(徳洲会体操クラブ)、古谷嘉章(コナミスポーツクラブ)らが15点超え。今大会でも、今林開人(セントラルスポーツ)、山本翔一(朝日生命)、そして高校生の谷川翔(市立船橋高校)も15点を超えてきた。もはや「あん馬が日本の弱点」とは言えなくなってきている。
 
「つり輪」も、これだけ上位のレベルが上がってくれば、いずれ世界基準に追いついてくるだろう。おおいに期待したい。
 
PHOTO:Yuu MATSUDA      TEXT:Keiko SHIINA