「災い転じて福」となれ!~第46回世界体操選手権男子団体予選

世界選手権の女子団体予選では、補欠から繰り上がりで出場した村上茉愛(日本体育大学)が、終わってみれば個人総合でも日本選手の中ではトップの成績を残すという、嬉しい驚きに満ちた展開となった。

 

今夜(日本時間では明日の早朝)、いよいよ日本の男子も団体予選に登場するが、こちらも直前での選手交代があった。

今回が初代表となった長谷川智将(日本体育大学)が、現地でのポディウム練習中に鉄棒で落下し、股関節痛を悪化させ、車いすで運ばれるというアクシデントがあり、出場できなくなってしまったのだ。先週、フジテレビで放送された「グラジオラスの轍」では、代表決定前後の長谷川がフォーカスされており、全日本種目別選手権で代表の座を決定的にした長谷川の鉄棒の演技、そして演技後の男泣きも映し出された。あの番組を見た人ならば、おそらく今回の長谷川の欠場にはおおいに胸が痛んだに違いない。

「体操を盛り上げるため」と、ときにはひんしゅくもかいかねない演技後のパフォーマンスを積極的に行ってきた「体操界のムードメーカー」ともいえる長谷川が、世界選手権という舞台で活躍する姿を見たかった、というファンも多いだろう。しかし、その楽しみは次にとっておくしかない。

この苦境も、きっと自分の糧にできる、そんな強さを明るさを長谷川智将はきっともっている。そう信じたい。

 

このアクシデントで、出番が回ってきたのが、早坂尚人(順天堂大学)だ。早坂は、今年のNHK杯で個人総合4位になっており、その成績で第1補欠になったオールラウンダーだ。

NHK杯で3位以内に入れば文句なしの代表入りだったのだが、惜しくも4位で補欠。そのときはおそらく悔しい思いもしただろうと思う。

が、結果的には、今年の早坂はこのとき4位だったおかげで、誰よりも多くの大舞台を経験することになった。

まずは、7月のユニバーシアード。世界選手権の代表からは漏れたメンバーで構成されたユニバチームで、早坂は中心選手だった。

個人総合4位、種目別ゆかで金メダル、あん馬で銀メダル獲得と大活躍をおさめ、帰国。すると、内村航平の出場回避、長谷川の骨折で、7月末の体操アジア競技大会への出場が回ってきた。

その体操アジア競技大会でも、早坂は団体戦のゆかで16・150、あん馬で14・600という高得点をマーク。しっかり役割を果たし、「内村抜きでも団体金メダル」に貢献、ゆかでは種目別銀メダルも獲得した。

アジア競技大会後も、全日本インカレ、国体にも出場。さらに世界選手権メンバーの合宿などにも参加。早坂の2015年は、忙しくも充実したものになった。

そして、とうとう世界選手権でも出番が回ってきた。突然のことに驚いているかと思ったが、じつは心の準備はできていたようだ。

今回の日本チームは男女とも故障者が多い。長谷川も代表入りしたあとに骨折し、本番に間に合うかという不安はもともとあった。8月に足首を捻挫した加藤凌平(順天堂大学)もギリギリまで着地には不安を抱えていた。そんな状況だったため、早坂は本気で「いつでも出られるように」準備をしてきた。アジア競技大会でもそうやって彼は本番で最高の働きをやってのけた。

おそらく、今回も。

期待していいと思う。今年の早坂は、なにか「もっている」。

直前での長谷川の離脱という「災い」を、おそらく彼が「福」にしてくれる。

それが長谷川のためでもあると、早坂がいちばんよくわかっているはずだ。

 

そしてもう1人。

今大会での活躍をおおいに期待できる選手がいる。

早坂同様、世界選手権初出場となる萱和磨(順天堂大学)だ。

白井健三とは同級生。現在は順天堂大の同級生である谷川航、千葉健太らと並んで「シライ世代」などとも呼ばれるゴールデンエイジの1人だ。

高校生のときもおおいに活躍しており、2013年には全日本ジュニア優勝、国際ジュニアでも優勝と輝かしい成績を残してきた萱だが、今の日本で「日本代表」の6枠に入ることは誰にとっても至難の技だ。今年、大学1年生になったばかりの萱が、いきなり代表入りするとは予想していなかった人も多いだろう。

しかし、世界一熾烈な代表決定戦を彼は勝ち抜いた。代表の座を決定的にしたのは、6月の全日本種目別選手権でのあん馬の優勝だが、NHK杯で個人総合8位となった総合力も萱の強みだ。

そしてその総合力を、萱は7月のアジア競技大会でいかんなく発揮して見せた。6種目すべてに出場し、4種目で第1演技者を務め、すべて期待とおりの演技を見せ、なんと6種目合計点で90点を超えたのだ。個人総合は各国2人までしか順位がつかないため、萱に順位はなかったが、この得点は、田中佑典、加藤凌平に次いで3番目にあたる高得点だった。アジア競技大会後の会見で萱は、「初代表で、正直思ったほど緊張しなかった」とさらりと言った。

そして、「自分がいい流れを作らなければとわかっていて、それができてよかった。今回は(内村)航平さんがいないチームで、自分が一番下だが、自分が引っ張るんだという意識でやったのがうまくいった。」と、大会を振り返った。

この萱の精神的な安定感は、内村をもってして「(アジア競技大会は)和磨の強さが目立った大会だった。一番下の選手に勢いがあるとチームとしてすごくいい。」と言わしめた。さらに水鳥強化本部長も「和磨には世界選手権でもトップをまかせることが多くなりそうということで、今回トップを多めにまかせたが、成功だった」と頼もしげに語った。

代表決定競技会(全日本選手権、NHK杯、全日本種目別)と、体操アジア競技大会を通じて、萱は周囲からの信頼をしっかりと築き上げたのだ。

その結果、今回の世界選手権でも跳馬とゆかで第1演技者を務める。とくに跳馬は、日本のスタート種目であり、萱は今大会での日本男子最初の演技者となる。

「世界選手権は、日本開催だったアジア競技大会とは場所も変わり、もっと準備をしないといけないと思う。」と冷静に語りながらも、「アジア競技大会では、初めて6種目で90点超えることができて、自信がついた。あん馬だけでなく個人総合でもやれる、というところを見せられたと思う。」とアジア競技大会後に、自信をのぞかせていた萱。

今回は「航平さんのいないチーム」ではないが、遠慮はいらない。今回も「自分が引っ張るつもり」で、のびのびと躍動してほしい。

2012年ロンドン五輪での加藤凌平。

2013年世界選手権での白井健三。

2014年世界選手権での野々村笙吾。

日本には「内村航平」というキングが君臨しているだけでなく、次から次へと新しい才能が現れる。

そのことが世界にとっては脅威だろう。

今年は、おそらく萱和磨がそんな存在になる。

 

PHOTO:Norikazu OKAMOTO/Naoto AKASAKA/Yuki SUENAGA     TEXT:Keiko SHIINA