2014体操ワールドカップ東京大会/「5年ぶりのワンツー」HAMBUECHEN Fabian

45日、東京体育館で行われたTOKYO CUPは、出場選手がとにかく豪華だった。

 

その豪華な出場選手の中で、今回着目したいのはドイツ代表Fabian Hambuechen選手。彼は昨年ベルギーのアントワープで開催された世界選手権でも見事3位を獲得している。

北京オリンピックの後、怪我に悩まされ、内村選手を倒すのではと思われた年の世界選手権も出場を辞退していたり、ロンドンオリンピックでも完全には復調していなかったようで、個人総合では成績を残せなかった。北京オリンピック前後、彼らがまだ若手と呼ばれている頃には個人総合でも内村選手の最大のライバルと言われた選手だ。

怪我のまま競技人生を終えてしまうのでは、と思ったファンも少なくないかもしれない。そんな彼が昨年の世界選手権では内村選手、加藤選手に次ぐ3位。これで本当に完全復帰をしたのだと世界に示した。26歳というベテランと呼ばれる歳にして、選手としてのピークをきちんとつないできたのだ。

ちなみに、日本が好きということでも有名な選手で、内村選手とも若い頃から共に戦ってきており、日本の体操ファンにとっても馴染み深い選手でもある。

そんな選手が日本に来る、考えただけで胸が高鳴った。

そして、彼は、大会当日も胸を高ぶらせてくれた。世界選手権に引き続き見事な演技で2位となったのだ。この大会を振り返るにあたって、彼に触れない訳にはいかないだろう。

 

公開練習ではあまり調子がよくなさそうだったが、当日の実施は見事なものだった。

まず、第1種目のゆか。前の演技者の採点で他の選手より待たされていたが、1種目目から会心の演技を見せる。

1本目の伸身ルドルフは素晴らしい高さと姿勢で、着地も見事に止めて見せた。その1本目を皮切りに、その後も見事着地を止める。ゴゴラーゼでは日本ではあまりみられない雄大な演技を見せ、最後のムーンサルトは上体が少し下がってしまうも、こらえた。これで全ての着地を止める。その後、笑顔でガッツポーズが見られた。最初の演技でこの実施は素晴らしい。この演技で内村選手よりも高い9.033Eスコアを叩きだした。試合後のインタビューでも、「ゆかはとっても良かった。ベストの演技で、良いスタートを切れた。」と自身も満足そうに振り返っていた。

 

2種目目のあん馬は特に苦手としている種目。他の種目では大きく減点されることはないのだが、この種目だけは価値点も低く、実施も良くないため得点が伸びにくい。ここでいかに減点されない演技をするかが彼の個人総合での特に大事なポイントとなる。

ゆかで調子はかなり良さそうに見えたが、公開練習ではあん馬はかなり苦戦していた。ここでミスしてしまわないといいのだが……と少し不安に思っていた。何しろ苦手な種目だからだ。しかし、ここでも彼としては完璧に近いのではないだろうかという実施。足割れもなく、きれいなラインで最後まで通した。着地とともに、「ほっ」という表情。すぐに笑顔がもれた。席に戻りながら内村選手とタッチを交わすところでは、何か伝えたのか内村選手も大爆笑をしていた。

本人も「あん馬は苦手だからとにかく失敗しないようにと演技した。」と話していた。本当にミスがなくて良かったと思う。

もうあん馬を乗り越えた彼はほとんど怖いものはない。最後の鉄棒を待ち構えるべく大過失を避けて進めていくのみ。

 

次は個人的にも彼が演技する種目の中でも特に好きな種目、つり輪。年々、力強さが増して良くなっている種目だと思う。

入りの中水平から大変きれいだった。その後の屈伸ヤマワキ〜振り上がり倒立という、動から静の動きでも見事に倒立をはめる。下りでも着地を止め、ここまで着地は全て止めてきた。小さくガッツポーズを見せた。Eスコア9.100という数字が、まさにこの演技の素晴らしさを物語っている。

 

ここまでの前半種目は、絶好調できた。あとは、体力がしんどくなってくる後半種目で、どう結果を残してくるかが鍵となる。そして、得意の鉄棒の前までで、どの順位につけるのかも大事なところだ。

 

後半種目最初の跳馬。1人目の演技となったこの種目はシューフェルトというDスコア5.6の技を実施。実施自体は高さもあり、きれいな空中姿勢だったが、着手で右にずれてしまい、着地のときに重心も後ろに残ってしまったため、後ろに1歩出る形に。なんとかこらえたようにも見えたが、跳躍自体が右にずれてしまったため、その1歩でわずかにラインオーバーしてしまう。本人もこの日初めて首をかしげる仕草。

そんな状況でも、観客には笑顔で手を振る。このあたりが1番の彼らしさなのかもしれない。

5種目目の平行棒。この種目を終えた時点の順位が気になるところだ。ここでミスするわけにはいかない。しかし体力も削られてきているところだ。いかに上手くまとめるかが鍵となる。

入りの棒下ひねりでは、多少倒立で力を使って僅かに乱れるも、それ以降はきれいな倒立を見せる。他に特筆するようなミスはなくまとめる演技をしてくる。着地ではごくごく小さく足元が動いてしまうも、ほぼ着地は止めたようなもの。Eスコアも8.900と高評価を得る。

平行棒については「ちょっとしんどかった」と振り返っていた。やはり疲れもだいぶきていたのだろう。

 

この時点で日本選手2人に次いで3位。

2位の加藤選手とは約1.4点の差。これはいくら鉄棒が得意でも逆転は厳しい。が、順調に行けば表彰台は確実となる。

ワールドカップルール適用で鉄棒はこの時点での順位が演技順となる。つまり彼は最後から3番目。

得意種目の鉄棒。世界で2位の鉄棒。まず、彼の鉄棒が生で見られるというだけでわくわくしてしまう。

そして、何事もなければ3位で表彰台。表彰される彼を見られそうだ、ということもあって胸が高鳴る。

いつもどの選手にもコーチにも声をかけてニコニコしている彼だが、やはり最後の鉄棒の前は違っていた。終わりが近づくにつれ、会場自体にも独特の雰囲気が漂う。前の演技者が終わる頃には、目つきがもう変わっていた。集中している表情だった。

最初に離れ技を連続で入れている構成。ひとつ目の屈伸コバチ、そしてコールマン。2つともほぼ完璧な距離でバーを掴む。その迫力に会場もどよめく。伸身トカチェフ〜リバルコもいつものように滑らかで、スムーズに進めていく。その後アドラー1回ひねりからヤマワキも確実に決めて、最後の着地へと向かっていく。

ここ最近の大会では着地はなかなか止められず、1歩はねていることが多いが、今回はどうか。勝手に期待が高まる。

そして、着地。見事に刺さった。しっかりと余裕の着地で、ピタリと止めて見せた。会場もうわっと沸いた。同時にガッツポーズ、そして吠えた。ロンドンでもアントワープでもテレビ画面越しに見ていたあの雄叫びを目の前で見た。肌で感じた。

もちろん、個人総合なので種目別の構成ではない。しかし、世界最高峰の鉄棒をしっかりと目に焼き付けることができた。

この演技には他の選手も思わず笑顔に。もちろん、次に演技予定の加藤選手や内村選手も、だ。みんなとハグをしながら席に戻っていく。選手だけでなく、各国のコーチや、隣のゆかで先に演技の終わっていた同じドイツの女子選手、Kim Bui選手も駆けつけていて、彼女とも笑顔でハグをしていた。

本人インタビューでも「ベリーグッドだった!パーフェクトな演技ができた」と笑顔で嬉しそうに話していた。

 

残るは加藤選手と内村選手。

正直、加藤選手が落下してしまったため、Hambuechen選手は2位になれたのだと思う。がしかし、器具の種類も違う日本でここまでコンディションを合わせて素晴らしい演技を続けた彼の実力は素晴らしいものだ。

そして、内村選手の最高の演技を見せつけられた直後には、ライバルの成功を喜ぶかのような笑顔を見せた。真っ先にハイタッチとハグで迎える。そのやりとりにずっと国際大会を共にしてきた2人の歴史を感じた。

 

試合中も内村選手や他の選手とのやりとりが多く見られたが、表彰式でも彼はしょっちゅう隣に並ぶ内村選手に話しかけていた。試合後にはコナミに合宿に行くとも発表していたし、何度も彼とはやりとりがあることを感じさせるほど仲良く、とても楽しそうな笑顔で話していた。

 

その他にも、平行棒では練習だけでなく本番でも、他の選手の準備を手伝って一緒にタンマを塗っていたり、必ず演技が終わるとどの選手にも分け隔てなく声をかけたりしていた。

彼は演技だけでなく、人としても素敵な部分がたくさんあるのだ。彼が大会に出場するとなると、そういったところもいつも楽しみにしてしまう。体操選手には、態度の悪い選手はほとんど見かけない。みんな、体操に真剣に向き合っているし、周りの選手に対しての気配りもある。しかし、そんな中でも彼の人柄の良さは際立って見えるのだ。

 

公開練習ではあまり調子が良くなさそうに見えたので、ここまでベストに合わせてきたことについて質問してみたらやはり「長旅の疲れと時差もあって、調子を出すのに2日もかかった。公開練習の日と今日は全く違った」と。遠征試合はコンディションを合わせることが大変だと実感した。それと同時にここまで合わせてくる彼の素晴らしさも再認識させられた。

以前は内村選手とトップを争う唯一の選手と言ってもいいほどの選手だったが、前述したように最近はあまり調子がよくなかった。今大会は2009年のJAPAN CUP以来の内村選手とのワンツー。そのことについては「嬉しい。誇りに思う。個人的にも2位という順位は良くやったと思う。コーヘイが1位にいるのは極めて普通のことで、誰も太刀打ちできないから、本当によくやったと思う。」と内村選手も讃えつつ、自らも嬉しそうに話していた。

彼の幼い頃からのコーチでもあるお父さんも日体大への留学経験があったり、よく日本で合宿をしていたり、そして5年前と今回のワンツーがどちらも日本で開催された国際大会ということからも、何か強い縁を感じてしまう選手だ。

 

ベテランの選手で、今大会最年長だったが、これからの活躍にまだまだ期待していきたい。

 

TEXT by Umi    PHOTO by Katja