2014体操ワールドカップ東京大会 優勝:内村航平

KING of KING  内村航平は、どこまでいくのか?

 

体操ワールドカップ東京大会は、内村航平の完全勝利に終わった。

2008年の北京五輪での衝撃銀メダルデビューから6年。

これほど「内村時代」が続くと、いい加減、「面白くない。興味がもてない」という気持ちにもなりかねない。

 

しかし、こと内村航平に関しては、それがない。

むしろ、「次はどうなる?」という関心をどんどん掻き立てる。

内村航平は、そんな選手だ。

 

とくにシーズン初戦となった今大会前の内村は、ロンドン五輪以降、あまり見せたことのない「挑戦者の顔」を垣間見せた。公開練習後の会見でも、練習ではDスコアを40.0(6種目合計)まであげた構成に挑んでいることも明かした。

思えば、昨シーズンの内村は、肩の痛みに悩まされていたこともあり、「無理せず、Dスコアは(ロンドン五輪よりも)落として、完璧な実施でEスコアを稼ぐ」という戦略で勝ちにいくと言い、言葉通りに国内では無敗、さらに世界選手権でも5連覇を達成した。

しかし、その戦い方では、心の底からの満足は得られていなかったのだ、ということが今大会の内村の演技、そして表情からうかがえる。

それは、大会終了後の記者会見の言葉にも表れていた。

「昨年は無理しない構成で、実施で勝つことができて、それは嬉しかったけれど、もっと難しいことをやって、それも美しくやれればもっと達成感があるのでは、と思っていた。Dスコアを上げて今はやっているので、リオまではこの感じでやると思う。」

Dスコアを上げて、それでも美しく。

それは理想ではあるが、なかなかできることではない。

しかし、その難題に挑む内村が、あまりにも清々しく、楽しそうな顔をしているので、記者から「今、体操が楽しいですか?」という質問がとんだ。それは、まさに私も聞いてみたいと思っていたことだった。

 

内村の答えは、「うーん、練習はきついことばかりですけど。」と少し苦笑いをまじえつつではあったが、「今回の試合みたいにうまくいけば楽しいです。試合の一瞬だけの楽しみのために、しんどい練習をしているのかな、と思います。」というものだった。

きつい練習をするからこそ、試合で大きな満足を得たい。

そのためには、より自分の限界に近く、より理想に近い体操を求めるしかないのだろう。そして、その限界点が、たいていの選手よりずっと高いところにあるのが、「内村航平」だ。その内村が、「結果は気にせず、自分の演技を追い求め、満足できる演技を目指してやっていけば、それが恩返しにもなるのかな、と思う。」と言うようになった。

今、数年ぶりに内村は、「自分超え」に挑もうとしている。

その到達点は、もはや私たちの想像の域を超えている。

今大会での内村は、本当に強かった。

 

ゆかでは、わずかに着地がぶれたところもあったが、ここ一番のタンブリングは、ふわりとした余裕ある着地を決め、15.600。

演技順1番で登場したあん馬は、足先まで隙なく美しく、旋回もスムーズでスピードがあり、振り上げる脚の高さも十分高い。北京五輪、ロンドン五輪と大きな舞台でミスが出たことがあるため、「内村はあん馬が苦手」と思っている人もいるようだが、そんなイメージを払しょくする完璧な演技で、15.366。

盟友とも言える山室光史というつり輪のスペシャリストが身近にいるため、つり輪に関しては、あまり強気な発言をしない内村だが、力というよりコントロール力を駆使して、重力を感じさせないつり輪は、非の打ちどころのない美しさで15.266。

跳馬では、「ヨーツー」を実施し、着地はわずかに後ろに1歩出たが、しっかりまとめ、15.366。平行棒は、内村自身、「長い試合だったので、体も冷えてきて少ししんどかった」というコンディションだったそうだが、大きなミスなくまとめ、着地まで完璧に決め、15.400。

そして、最終種目の鉄棒では、はなれ技もすべて完璧に決め、おり技ではフェドルチェンコを微動だにしない着地でおりた。「さすがに3回ひねっているので、動いても1歩でおさめられれば」と大会前の会見では言っていたが、なんのことはない。あまりにも余裕の着地だったため、「3回ひねらなかったのか?」と思うほどだった。

優勝争いをするような選手にとっては、たいてい鉄棒は最終種目になる。6種目の最後の最後で、このフェドルチェンコを決めることによって、「一番疲れているはずの最後にきついことやるなあ、と世界にアピールしたい」と言っていた内村だが、この神がかり的な着地は、十分なアピールになったに違いない。

それでも。

会見で、「今日の出来は何点くらいか?」と聞かれると、「60点くらい」と内村は答えた。あれで60点? という記者たちの反応を感じ取ったのか、「練習ではもっといい演技ができているし、着地ももっと決まっている。それをまだ試合では出せていないので。」と言葉を続けた。

「今日の出来は100点でした」と彼が言うことがあるとしたら、いったい私たちは、どんな演技を見ることができるのだろうか。

 

 

今大会の優勝で、今年の世界選手権(南寧大会)の代表にも内定した内村だが、そのことに対するコメントは意外なくらいクールだった。記者会見では、

「(代表内定は)今、言われて思い出した。」

と言うほど、さらりと受け止めていて、代表選考試合を兼ねる全日本選手権、NHK杯も普通に出場し、そこで代表を勝ち取るつもりで挑むという。ロンドン五輪前年の2011年の東京で行われた世界選手権のときは、とにかく「団体戦で金」と言い続けていた内村だが、今回は、「団体金」という言葉も出なかった。

昨年の世界選手権では、個人で内村が金、加藤凌平が銀。さらに種目別では白井健三がゆか、亀山耕平があん馬で金を獲得し、2011年以上に、「今回こそは団体金」という可能性も高くなっているように思うが、まるであえて、のように内村はそこには触れなかった。

 

内心期するところがないわけではないと思う。

だが、今の内村は、自分自身がより高みを目指すことのほうに主眼をおいているように見えた。もちろん、それが悲願の「団体金」にもつながることをわかっているのだろう。

この選手の成長と活躍を見られる時代に生まれてよかった。

とまで思わせるスポーツ選手は稀だ。

イチローや浅田真央などはその一人だろうが、内村航平も間違いなくそこに並ぶ選手だ。リオ五輪、さらには東京五輪も視野に入れて、「とにかくケガにだけは気をつけてやっていく」と言う内村の選手人生は、おそらく最後の瞬間まで、見届けるべきものになる。

 

PHOTO by Yoshinori SAKAKIBARA / Katja  TEXT by Keiko SHIINA