第67回全日本体操団体選手権:男子準優勝「日本体育大学」

女子決勝での朝日生命の劇的逆転優勝により、やや騒然とした空気になった会場だったが、

その後、男子決勝に向けてのフリー練習が粛々と行われていた。

いや、粛々というよりは、一見するとなんだか「のんびり」した練習風景にも見える。

すでに百戦錬磨の選手たちだ。試合前にはやみくもに練習するのではなく、自分のペースで

本番に向けての気持ちと体を作っているのだろう。

 

そんな中で、並々ならぬ気迫を漂わせていたのが日本体育大学の選手達だ。

内村航平、山室光史らの代が卒業してから、全日本インカレではずっと順天堂大に負けている。

おまけに昨年の団体選手権では、順天堂大は、コナミを凌いで優勝まで成し遂げた。

このままでは差が開くばかり。「打倒、順大!」という思いは募っていたに違いない。

そこにきて、女子までもが、4連覇の夢を最後の最後に絶たれた。

 

観客席の大応援団の一体となった応援が、いつも明るく元気いっぱいの日体大だが、

今回ばかりは、意気消沈してもおかしくない。そんな状況だった。

 

そして、予選4位の日体大は、3位の徳洲会体操クラブと同じ2組で、あん馬スタートだった。

先に演技をした徳洲会の3番目の演技者は、先日の世界選手権種目別のあん馬で金メダルに輝いた亀山耕平。

今大会では今ひとつ調子があがらない様子だった亀山だが、あん馬ではさすがの演技で15.500をマーク。

しかし、その後に演技をした日体大の選手達もまったく臆することなく、「日体大らしい」

イケイケ! な演技をのびのびと行った。

とくに2番演技者だった武田一志は、あまり行う選手が多くないマジャールで脚を高々とあげて見せる

華やかな演技で、14.300という得点以上の勢いを感じさせ、選手も応援団も活気づいた。

そして、その勢いのまま、3番演技者の岡準平は、14.850を出す気迫の演技。

女子の敗戦で意気消沈するどころか、彼らは、自分達の目標である「打倒、順天堂大」に

「女子のリベンジ」という起爆剤も得て、爆進しているようにも見えた。

 

日体大に勢いがある。

それは、この1種目目ですでに感じられた。

 

あん馬でいい流れをつくった日体大は、2種目目のつり輪1番で登場したキャプテンの瀬島龍三が

15.000と15点にのせて、さらにチームの勢いを加速させる。

神本も14.650、そしてあん馬でもすばらしい演技を見せた武田が15.050をたたきだす。つり輪での総得点44.700は全体の3位。

野々村笙吾が15.500という高得点を稼いだ順天堂大と比べても、0.30のビハインドしかなかった。

 

続く跳馬でも、日体大の勢いは止まらない。瀬島が14.800でよいスタートを切り、3番演技者の岡が

15.050のチーム最高得点をマーク。ここまでの3種目、期待の最終演技者が、期待に応えてもっとも

高得点を出すといういい流れを完全につくってきた日体大。この跳馬での総得点44.350は、終わってみれば

コナミに0.05差の2位。跳馬で42.500とブレーキがかかってしまった徳洲会体操クラブをこの時点で逆転した。

こうなってくると、日体大は手がつけられない。

平行棒では、横山聖が15.000、瀬島が15.150と続き、神本雄也はやや細かいミスが見られたが、それでも

14.900と演技をまとめ、平行棒の総得点は45.050。これも最終的にはコナミに次ぐ2位の得点だった。

そして、この第4ローテーションで、跳馬を行っていた順天堂大に思わぬアクシデントが起きる。

今大会、非常に好調だった加藤凌平が、好調ゆえに「ロペス」に挑戦し、着地に失敗。

13.350という加藤にはあり得ない点数で終わってしまったのだ。この結果、順天堂大の跳馬の

得点は、42.650と日体大とは1.70もの差がついてしまった。

この跳馬での明暗により、4種目目終了時点で、日体大の得点は177.050、対する順天堂大は176.450

とついに日体大が順天堂大をとらえ、逆転に成功する。

 

しかし、第5ローテーション。順天堂大の平行棒は、加藤、野々村とも強い種目で高得点が期待できる。

まだ勝負はわからない。

日体大の5種目目は、鉄棒。

この大事な局面で、落下などの大過失こそはなかったものの、日体大の演技は、勢い余ったかのように

やや粗さが目立ち、神本、岡、横山で44.050とやや減速してしまう。

順天堂大は、平行棒で野々村にミスが出るという思いがけない展開となったが、最終演技者の加藤がふんばり

15.250を出し、平行棒での得点44.750。5種目目終了時点の得点は、順天堂大221.200、日体大221.100と

わずか0.1差だが、順天堂大が日体大を抜き返した。

 

最終種目は順天堂大が鉄棒、日体大はゆかだった。

 

この段階で、「ゆかよりは点数の出やすい鉄棒を残している順天堂大有利」と思った人は多いだろう。

正直、私もそう思った。

 

ところが。おそらく日体大の選手達、そして応援団もそんなことはみじんも思っていなかった。

いや、思わないようにしていた、んだろう。

1人の演技が終わるたびに、順位が入れ替わる可能性のある息づまる展開の中で、

日体大の選手達のゆかは、どれもすばらしかった。

とくに1番演技者を務めた池尻俊弥は、予選でもチームでもっとも高い得点15.100をマークしているが、

決勝では跳馬とゆかにしか出ておらず、ゆかの演技前にかなり時間があいてしまうという調整の難しい

状態だった。それでも、すばらしい実施で、予選と同じ15.100をたたきだした。

ほぼ同時に行われていた順天堂大の鉄棒では第1演技者の吉岡知紘が、やや緊張感のある

演技で、着地も前に手をついてしまい、14.100となり、この時点で日体大が再び順天堂大をかわした。

しかし、順天堂大の残る2人は、野々村、加藤という2大看板だ。

再逆転の可能性は十分にあった。

 

そこまでの接戦だということを選手たちは知っていたのかどうかはわからない。

ただ、応援団のただならぬ熱気、会場全体の息詰まるほどの緊張感などは、おそらく選手たちには

伝わっていただろう。優勝争いは、もはやコナミの独走状態になっていたが、この2位争いは、

まさに「世紀の一戦」の様相を呈してきていた。

 

日体大の2番演技者・岡は、あん馬、跳馬でチーム1の得点をあげてきた今大会の功労者だ。

しかし、このゆかでは、タンブリングの着地にやや乱れがあった。大過失にはつながらず

うまくまとめることができたが、14.600。予選では14.950と15点近い得点が出ていただけに

岡にとっては、やや悔いの残る演技だったかもしれない。そして、順天堂大は野々村が、平行棒でのミスを

引きずらない演技で15.100。日体大との点差を0.4まで縮めた。

 

両校の最終演技者は、日体大が瀬島龍三。順天堂大は加藤凌平。

ほぼ同時進行となっており、観客は右目と左目で2人の演技を見なければならないような状態だ。

加藤には、自分の跳馬のミスをなんとしても挽回したいという思いがあっただろう。

また、日体大のキャプテンでもあった4年生の瀬島には、とにかくこの1本にすべてを賭けるくらいの

強い思いがあったに違いない。

結果、どちらの演技もすばらしかった。

この世紀の一戦を、どちらかのミスで決着させるほど、体操の神様は無粋ではなかった。

 

得点は、加藤が15.100。

瀬島は・・・15.050! 予選のゆかでは、ラインオーバーがあり、14.650とチーム内で一番低い点数となってしまった

瀬島だが、最後の最後にキャプテンの意地を見せた。

 

得点差わずかに0.35。

両校力を出し尽くした激闘の末、日本体育大学が順天堂大への雪辱を果たし、準優勝を勝ち取った。

女子決勝では、悔し涙を流していた女子選手たちも、応援団も、男子の値千金の準優勝に沸き立った。

 

男女そろっての銀メダル。

金ではないが、この銀メダルは最高に輝いている。

男子だけでも女子だけでもなく、日本体育大学というチームの結束力でもぎとったものだから。

「勝てない」時期が続いても、「いつかはきっと」とあきらめず、闘争心を持ち続けてきた結果の銀メダルだから。

 

PHOTO by Tatsuya OTSUKA   TEXT by Keiko SHIINA