内村・金、加藤・銀! ~第44回世界体操競技選手権大会 in  アントワープ

内村航平は、体操界の天上人のようだ。

ロンドン五輪以降の試合で見た内村は、いつもやや力の抜けた状態に見えた。

五輪後初の世界選手権である今大会も、限界までDスコアを上げるのではなく

高い実施でE得点を稼ぐ、そんな作戦だという事前情報も流れた。

そして、実際、そのとおりの演技を見せた。

どの種目も、D得点だけでなら、内村以上の点数を出せる選手はいる。

しかし、十分に高いD得点を維持しつつ、ほとんどの種目でE得点が1,2位という

高いレベルでのバランスのよさでは、やはりまだ世界の誰も彼にはかなわないのだ。

次の五輪、いや、2020年の東京五輪をも視野に入れているという内村は、いい意味で、

目の前の試合に全力でぶつかるという戦い方はしていない。

彼流の表現だろうが、「自分の体を長持ちさせるためには、抜くとことは抜いてやっていく」

と、去年はそんな言い方もしていた。

今回の世界選手権は、まさにそうではなかったか。

予選、決勝を合わせて12回演技を行い、すべてが15点台。この安定感は、内村の演技内容が

彼にとっては、「ミスするかもしれない」というリスキーなものではない、ということでもある。

それでも、前人未到の4連覇! すごすぎる。

ここまで強いと、どうやってモチベーションを維持するのかが心配なほどだが、少なくとも、

日本の体操が「団体金メダル」を獲るまでは、彼は満足しないだろう。

 

2012年のNHK杯。

ロンドン五輪の代表選手決定のかかったこの試合で、見事に代表の座を射止めた加藤凌平は、

試合後もまだ信じられない、という表情を見せていた。

囲み取材で記者から「自分が五輪に行けるかも、という手ごたえは、いつごろから感じましたか?」

と聞かれて、「えっ、その、今でもまだ…。」と、答えるほど、彼は初々しかった。

あれから、わずか1年半で、「世界選手権銀メダル」だ。

その成長の速さは、内村航平をもってして、「このまま順調に伸びたら、すぐに抜かれそう」と言わしめる

だけのことはある。

もちろん、加藤には、たぐいまれな素質もあるとは思う。

しかし、何よりも彼は、「体操強国ニッポン」という世界最高に恵まれた、また世界最高に苛酷な環境を

プラスにすることができる選手だったのだな、と思う。

ロンドン五輪に出ることはできても、次は代表になれるかわからない。

それほど、今の日本男子体操は層が厚い。

今回の世界選手権の代表の座にしても、加藤は楽に手に入れたわけではない。

順天堂大学の同期でもあり、ジュニア時代からよきライバルである野々村笙吾との死闘の末、

やっと勝ち取った代表の座だった。

今の日本には、代表に名を連ねてもおかしくない選手が、野々村のほかにもたくさんいる。

そんな中を勝ち抜いて、加藤凌平は、世界選手権に出ていったのだ。

精神的に強くならないわけがない。おそらく、世界選手権という舞台に立っても、

日本には、そこにいても遜色ない選手がたくさんいることを実感するに違いない。

加藤にとっては、世界選手権出場は初めての経験。どれほど緊張するかと案じていたが、

国内での戦いのほうがもっと苛酷だったと彼は思い知っていたのではないだろうか。

そう思うくらいに、テレビ放送で見る加藤は、いつも通りの彼のペースだった。

5種目目の平行棒を終えて、2位に上がったが、2位で迎えるからといって鉄棒の前に

とくに緊張した様子も、息込んだ様子もなかった。

そして、見事に鉄棒もノーミスでまとめ、2位でフィニッシュ! 

このうえない、世界選手権デビューとなった。

 

内村航平が引っ張り、加藤をはじめとした若い選手達が、どんどん伸びていく。

日本の男子体操は、何回目かの黄金期を迎えようとしている。

2020年東京五輪に向けて、おそらくますます加速していくのではないかという

嬉しい予感もある。期待したい。

 

TEXT by Keiko SHIINA  PHOTO by Yoshinori SAKAKIBARA(2012年全日本種目別選手権のもの)