第67回体操種目別選手権大会 村上茉愛、白井健三

 

 6月29日から30日にかけて、東京体育館で体操種目別選手権大会が開催され、これにより9月にベルギーで行われる世界選手権の出場者が決定した。男子はすでに内定が決まっていた内村航平(コナミ)、加藤凌平(順天堂大)に加え、田中和仁(徳洲会)、山室光史(コナミ)、亀山耕平(徳洲会)、白井健三(岸根高校)が出場権を獲得。女子は内定していた寺本明日香(レジックスポーツ)に加えて美濃部ゆう(朝日生命)、笹田夏実(帝京高校)、村上茉愛(池谷幸雄体操倶楽部)が決定した。

 

 

 今回のメンバーで特に注目すべきが、高校生にして今回初めて世界選手権出場権を獲得した、白井、笹田、村上。とくに白井と村上はゆかで抜群の強さを誇っており、世界トップレベルの技も持っている。

 

 

 ダイナミックなタンブリングと安定した着地で、かねてよりゆかでの強さには定評があった村上。だが、今回はラストの後方2回宙返り3回ひねりで着地に乱れがあり、ゆかでは4位。代わりにと言うわけではないが、ピタリと着地を決めた跳馬で優勝を果たし、出場権を勝ち取った。高校2年にして今回、世界選手権初出場となる彼女だが、会見では心強い発言が続いた。

 

「ゆかでは着地が乱れましたが、世界選手権ではそういうこともないようにラストも決めて、金メダルを取りに行きたい」

「今回一番年下で、初の世界選手権で緊張して、おどおどしたりすることもあると思うんですが、先輩を頼ったりして、一番若い選手としてパワフルにやっていきたいです」

「一番いい演技をして、金メダルを狙っていきたい」

 

 

 初出場ながらこれだけ金メダルに高い意欲をみせるのは、彼女に強い自負と、それを裏付ける能力があるからだ。

 

 所属クラブの総監督である池谷幸雄監督は、「クラブから日本代表選手を出す」という「夢」を彼女に託していた。もともとバネもあり筋力も強かった村上を、当初はロンドン五輪代表入りを目指し育てていたが、中学3年で右腕を負傷。大手術をすることとなり、それがひびいて昨年の五輪代表選考では10位。五輪代表入りを逃していた。しかしロンドン五輪後に行われた種目別選手権大会のゆかでは、見事優勝。そしてそこでも強気の発言は注目を浴びた。

 

 

「ゆかは(今大会で)日本で1番になったんですけど、世界でも1番になれると思っています」

「ゆかに関しては感覚は優れていると思います」

「やったことのない技でも、自分でイメージがつかめている。最初はできなくても、自分の中で『大丈夫、分かっている』っていうのはあるので」

 

 

 これだけの発言を裏付けるだけの強さが、彼女にはある。今回のゆかの演技には女子では最高難度のH難度の技が入っており、その他もF難度、E難度と高難度の技ばかりが続く。そして世界でも出来る選手が少ないこのH難度の技を、彼女は高いクオリティで披露する。今大会でも冒頭の伸身2回宙返りをピタリと止めると、その後のH難度のシリバスも続けて安定した着地をみせた。これだけの技を詰め込み、さらには高い実施をみせる選手は、確かに世界でも数えるほどしかいないだろう。

 

 彼女の能力の高さは、言葉の端々からも感じ取れる。先の「やったことのない技でもイメージでつかめる」といった言葉から、感覚の鋭さは感じ取れるし、さらには以前、ひねりの際に「周りの景色が全て見えている」と話したこともあった。これと同じことを内村航平も口にしているが、タンブリングの最中に周囲の景色をはっきりと認識することは、世界でも本当にトップレベルの選手のみができることだ。池谷監督も彼女の空中感覚に関しては「内村航平選手に近いものを持っている」と絶賛している。今回のゆかもミスがひびいて4位となったが、Dスコアは7.45。男子とも高いレベルで争えるほどの驚異的な得点を叩き出した。

 

 

「一番いい演技をして、金メダルを狙っていきたい」

 

 

 この言葉通り彼女が「いい演技」をすれば、世界選手権でも金メダルは十分射程圏内だ。

 

 

 そしてそんな彼女が以前、ゆかで目標とする選手について言及したことがある。「参考にしているのは、(ガブリエル)ダグラス(米・ロンドン五輪個人総合優勝)、ジョーディン・ウィーバー(米・世界選手権個人総合優勝)、あと内村航平選手と……」と、世界の名だたる選手を並べた後、口にしたのが「白井健三選手」。今回、男子では高校生として初の世界選手権出場を決めた、岸根高校2年の白井健三だ。

 

 

 今大会の決勝、その1種目めのトップバッターで登場した白井は、その圧倒的な演技でまだ散漫としていた会場の空気をひとつにまとめあげた。

 

 

 第一タンブリングの3回半ひねりからの2回ひねりをピタリと止めると、続く3回ひねりを2回ともしっかり着地を押さえてみせた。あまりに軽々と高難度の技を決める姿に、会場の誰もが目を離せなくなった。淡々と、しかしながらひとつひとつの技を確実にこなし、最後に控えたのがF難度の4回ひねり。大技ながら、疲れなど微塵も感じさせない、高さと美しい空中姿勢を維持した技に、周囲の視線は釘付けになった。着地もピタリと決め、その瞬間、会場は沸き上がるような歓声に包まれた。

 

 今回の派遣標準得点は、かなり厳しく設定されている。例えば、内村がロンドン五輪の種目別で銀メダルを獲得した際の得点は15.800。つまり派遣標準得点の15.900は、世界で金メダルを獲れるレベルの得点なのだ。そのため、多くの選手はギリギリまでDスコアを上げて大会に臨むが、そうなるとどうしても「一か八か」といった技も入れざるを得なくなる。上手くいけば高得点が狙えるが、そうでなければ実施で大きく後れを取ることになる。

 

 

 そうした中、高難度かつ完璧に近い演技を披露した白井が出した得点はDスコア7.3、Eスコア8.6。合計は派遣標準得点と同じ15.900だった。世界で活躍する名だたる社会人選手、大学生の中で若干16歳の白井が唯一、派遣標準得点をクリアした。ともに世界選手権を戦うことになった内村、加藤は今回の白井の演技についてこう評す。

 

 

「僕も凌平も結構ひねる方なんですが、(白井は)それをはるかに超えているので、期待は大きいですね。今日のようないい演技をされたら僕も勝てるかわからない」(内村)

 

「素直にすごいと思います。世界一ひねりが強いんじゃないかと思う。今後一緒に練習することになると思うので、そういうところを指導してほしい」(加藤)

 

 さらに会場で彼の演技を見ていた、アテネ五輪団体金メダリストの水鳥寿思も白井の演技を「驚異的」と評していた。だが今回の結果に関して白井が口から出るのは、謙虚な言葉ばかりだ。

 

 

「今回は高い難度に挑戦して、失敗しないことが目標でした。なのでそれが達成できて満足です。点数もうれしいんですが、自分の持っているものを出せたのがうれしい」

 

 実は白井の演技後、審判団がもめたのか、点数が出るまでにかなり時間がかかった。あれだけの演技をすれば得点にも期待しそうなものだが、この時白井は「自分の演技ができてうれしかったので、あまり考えてなかった」。世界選手権についても「一番年下なので足をひっぱらないように、精一杯演技したい」と話す。

 

 

 大きな自負をもつ村上と、謙虚に臨む白井。対照的ともいえる二人だが、どちらも世界レベルの能力を備えているという点では同じだ。この二人がその力を発揮してくれれば、世界選手権はかなり面白い結果になるはずだ。

Text by Izumi YOKOTA