第52回NHK杯 2位・加藤凌平/3位・野々村笙吾(順天堂大学)①

第52回NHK杯 2位・加藤凌平/3位・野々村笙吾(順天堂大学) ①

 

「ふたり」 <前>

 

すさまじい戦いだった。

ひとり独走を続ける内村航平のすぐ下・2位の座を最後まで熾烈に競い合ったのは、同じ19歳、そして同じ順天堂大学の2人だった。

 

ロンドン五輪にも出場し、昨年、一躍体操界のニュースターとなった加藤凌平。

そして、その加藤に離されることなく、しかし、ほんのわずかに遅れて伴走している野々村笙吾。

いつの時代にも「ライバル物語」は存在するものだが、この2人もまた、あまりにもドラマチックなストーリーを

見せてくれた。いや、今回だけではない。おそらくこの先も何回となく、彼らのこんな凌ぎ合いを私たちは

目撃することになるだろう。そして、そのたびに、彼らのことを頼もしく感じ、せつなくもなるのだ、きっと。

 

2位争いは、そのまま「世界選手権代表」のたった1つの座の争いでもあった。

NHK杯の個人総合で、内村をのぞく最上位の選手のみが世界選手権代表に選出される。

ここで選出されなかった場合は、6月29・30日の全日本種目別選手権で種目別選出される4名の中に入らなければならない。

種目別選出となれば、つり輪のスペシャリスト・山室光史や鉄棒のスペシャリスト・植松鉱治などもいる。

4名とはいえ、狭き門なのだ。

 

全日本選手権の2日間(その総得点の半分が持ち点となる)、そしてNHK杯の1日目を終えた時点で、

2位には加藤がいた。野々村は3位。2人の得点差は、1.125だ。

加藤と内村の得点差3.950に比べると、その点差は決して大きくはない。

4位の田中和仁(徳洲会体操クラブ)と野々村の差1.450と比べても、加藤と野々村の差は小さい。

リードしていても安心はできない。リードされていてもあきらめる必要はない。

そんな点差だ。

 

さらに。

東日本インカレで、演技中につり輪のベルトが切れるというアクシデントに見舞われ、肩を痛めた加藤は、

その影響もあり、今大会、ベストとは言い難いコンディションだった。

NHK杯1日目の演技も、大崩れこそはしないのだが、随所に不安定さが顔をのぞかせる演技だった。

1日目終了後の会見でも、加藤の第1声は、「よく耐えたな、と思う。」だった。

「疲労感がひどくて、最後までスタミナがもつか不安だった。」と言う加藤の表情は冴えなかった。

正直、決着のつく2日目を前に、自信満々でいられる状況ではなかったのだろう。

 

すぐ下に迫っているのは、同じ大学の仲間であり、ライバルの野々村笙吾。

近しいだけに、その実力もよくわかっている。

2日目で逆転される可能性がある、とは加藤も感じていたに違いない。

だからこそ、「明日はお互いベストな演技ができればいい。自分は、今日みたいになんとか粘り強く演技できれば

逃げ切れるんじゃないかと思う。負けたくないです。」と最後に彼は言ったんじゃないか。

 

そして、運命の6月9日。

加藤、野々村のいる1班は、ゆかからの演技スタートだった。

演技順は、野々村が3番、加藤が4番。この日は跳馬以外の種目はすべて、まず野々村が演技をし、その直後が

加藤の演技になる。まさにガチンコバトルの様相だ。

 

NHK杯1日目では、野々村は最初のゆかでつまずいた。着地で手をつくミスがあり、13.850といきなりの大ブレーキだった。

その後の種目は立て直し、平行棒と鉄棒では15点台にものせ、ゆか以外はすべて加藤よりも高い得点を得ていた。

(あん馬は同点)しかし、加藤はゆかで15.250をたたきだしており、ゆか1種目だけで1.400の差がついてしまっていた。

 

野々村にとっては、そんな鬼門のゆかだったが、この日はうまくまとめた。最後のタンブリングの着地がややあぶなくも見えたが、

もちこたることができ、幸先のいいスタートとなる14.400。しかし、直後の加藤がまた15点台を出せば、ここでまた一気に差が広がってしまう。

ところが、加藤は、はじめの2つのタンブリングでまさかのミス。ラインオーバーという大きなミスもあり、14.350に終わり、野々村との差も

わずか0.05ではあるが縮まり、1.075差となる。

2種目目のあん馬は、2人とも気迫の演技で、ほぼノーミス。野々村の美しい脚のラインと、加藤の華麗なおり技が印象に残る好勝負だった。

得点は、野々村が14.700、加藤は14.800。加藤が再び、野々村を突き放し、1.175差に。

 

つり輪は、肩に負傷を抱える加藤にはきつい種目だが、まっすぐな倒立姿勢の美しさが際立つ演技で、ミスもなくまとめ14.550とふんばった。しかし、

先に演技を終えた野々村のつり輪には、さらに上をいく14.950が出ていた。ここで、2人の得点差がぐっと縮まり、0.775差となる。

4種目目は、唯一、2人の出番がつながっていない跳馬だった。

この跳馬だけが加藤のほうが出番が先で1班の中の最初に演技を行った。

空中姿勢も美しい跳躍ですばらしかったが、やや軌道が曲がり、着地ではラインオーバーを犯してしまい、14.550。

これは加藤にしては低い点数(前日は14.850)であり、野々村にとっては一気に逆転も狙えるという展開になった。

逆転に必要な得点は、15.325。野々村は前日の跳馬では、14.900を出しており、不可能ではない数字にも思えた。

いきなり逆転までは無理だとしても、かなり差を縮めることはできるだろう。誰もがそう思っていた。

ところが。

跳馬では1班のしんがりを務めることになった野々村もまた、加藤と同じラインオーバーを犯し、まさかの14.400に終わる。

差を縮めるどころか、0.15差が開いてしまった。

4種目終了時点での2人の点差は、0.925。まるでマラソンのラストスパート前のかけひきのように

近づいては離れ、離れては近づきながら、野々村の視界にある加藤の背中は、じわりと大きくなってきていた。

 

残るは2種目。この日、絶好調で、2人を追い上げていた田中和仁は、跳馬の着地で大きなミスがあり、13.850という点数に終わり、

2位争いは、ほぼ加藤と野々村にしぼられた。

最後の2つ。平行棒と鉄棒にすべてが懸かってきた。          (つづく)

 

PHOTO by Yoshinori SAKAKIBARA/Norikazu OKAMOTO     TEXT by Keiko SHIINA