塚原直也 ~真理、心理

 5月11日、第67回全日本体操個人総合選手権に、朝日生命の塚原直也が出場。しかし鉄棒での落下のミスが響き、結果は50位で予選敗退。他の種目は安定していただけに、悔しい結果となった。にもかかわらず試合後、彼の周りに多くの報道陣が集まったのは、彼が4月に行ったオーストラリア国籍取得について聞きたかったためだ。

 今年4月中旬、塚原が国籍を日本から豪州に変更する手続きをとったことは、国内でも報じられた。シドニー五輪をきっかけに豪州代表との交流を重ねていた塚原は、2009年には留学も経験。昨年はロンドン五輪の豪州代表を決める選考会にも出場しており、トップの成績をおさめた。しかしながらこの時は滞在日数不足のため国籍の取得が間に合わず、五輪出場はかなわなかった。

 

 その後、今月8日には選手登録も変更。これからはより本格的に豪州代表入りを目指すが、日本とは少し勝手が違う現地の選考に戸惑いも感じている。

 

「オーストラリアでナショナルチーム入りするには、『最低限、これをやらないと選ばれない』という内容が決められていて、6種目それぞれでDスコアが指定されるんです。その内容が意外にハードルが高くて、面喰いました」(塚原)

 

 それもそのはずで、その指定された構成のDスコアというのが、平均で6.0点。世界トップレベルの選手である内村航平、加藤凌平らが今大会で6.5点Dスコアを出し、会場を沸かせたことを考えると、選考としては濃い内容であることが分かる。とはいえ、選考の時点ではそこまでの完成度を求めているわけではないようだ。

 

「(選考では)技を成功させた決定点の評価ではなく、やればそれなりに評価してもらえるところもあるので、そこは救いですね」

 

 昨年の選考会ではトップの成績をおさめた。とはいえ、35歳という年齢は体操選手としては決して若くない。練習法も徐々にシフトしてきた。

 

「なるべく無駄なことしないよう、必要なことを省エネルギーでするようになりました。昔のようにガンガンできるわけではない。それでも、その中で成長できなければ意味がないので」

 団体金メダルに沸いたアテネ五輪で、ともに戦った米田功や水鳥寿思、富田洋之らはすでに現役を退いている。彼らの引退式を、傍らで寂しい思いで見つめてきた。それぞれの引退について直接言葉を交わすことはなかったが、同じ体操選手として気持ちは容易に察することができた。

 

「選手本人は、できるだけ続けたいと思っているはず。でも環境の問題とか、体力の面で難しいというのがあって……自分もできるだけ(彼らと)一緒にやってみたいというのはありました。体操が好きで、できるだけ続けたいという気持ちはわかるので」

 

 そうした中で現役にこだわり、国籍を変えてまで国際大会に挑もうとする彼の姿には、様々な意見が飛んだ。だが彼がそうまでするのは、単なる代表入り以上の目標があるからだ。むしろそれこそ、彼が体操競技をする根源的な理由なのかもしれない。

 

「自分はなんでもできる選手ではなくて、(体操に関して)課題がすごく残っているんです。それを解明しないまま終わるのが悔しい。ちゃんと、分かりたいんです」

 

 そのために、豪州行きは意味があることだと感じた。

 

「年を重ねると、気持ちが作れなくなるところがある。だから環境を変えることが必要なのかな、と。今はそういう意味で刺激を得られています」

 

 7月には豪州選手権を控えている。塚原はそこで好成績を残し、世界選手権の豪州代表入りを目指す。だが、それはあくまでひとつの形としての目標だ。彼の目指すところは代表に選ばれること、メダルを獲得すること、それらの先にある。体操選手としての、真理の探究。だから彼は、まだ現役を退けずにいる。

 それから、もうひとつ。実は試合では「いつもすごく緊張する」タイプの塚原が、それでも体操を辞められない理由がある。

 

「試合はすごく緊張するけど、自分が『生きている』という感じがして、すごく楽しいんです」

 

 これがあるから、簡単には退けない。

 

 

 

Text by Izumi YOKOTA