プロローグ ~野々村笙吾(順天堂大学)

全日本体操競技団体・種目別大会は、すばらしい演技の応酬だった。

また、ロンドン五輪代表にはもれた選手の中にも、こんなにも多くの才能あふれる選手がいるのか? と嬉しい驚きに満ちた大会でもあった。

 

なかでも。

鮮烈な印象を残した選手が、野々村笙吾(順天堂大学)だ。

野々村のことを、今さら「注目選手」などと言うのはおこがましい。

すでに十分有名な選手であり、日本トップクラスの実力は折り紙つきだ。

2011年の世界選手権のとき、彼はまだ市立船橋高校の生徒だったが、代表決定戦で7位になり、世界選手権代表の補欠だった。このとき、ともに補欠だったのが、加藤凌平(当時、埼玉栄高校)だから、この時点で2人の間には、ほとんど差はなかった。

ちなみに、この年8月のインターハイでは、野々村がわずか0.050差で加藤をかわし、優勝している。

 

そして、ロンドン五輪を控えた今年5月の代表選考会で、野々村は総合5位になる。

代表選手は5名。しかし、すでに内村航平が内定しており、男子の残り枠は4名だった。

しかも、男子においては、ゆかと鉄棒が特化種目となっており、総合成績では6位だった田中佑典(KONAMI)は、鉄棒の成績で五輪代表の座を獲得したが、選考会を通しての獲得得点では、田中を3点以上上回っていたにもかかわらず、野々村は、代表入りできなかった。

 

そこだけを見れば、野々村はやや「不運」だったと言わざるを得ない。

しかし、今大会後の記者会見でも、五輪落選後の切り替えは「早かった」と、本人も明るく語っていた。そして、すぐに目標をインカレに切り替え、インカレでは順天堂大が団体優勝。野々村も個人総合予選を1位で通過している。(しかし、決勝では逆転を許し、5位に沈んでしまった。)

そして迎えた今大会。

団体では、順天堂大が、見事に10年ぶりの優勝を果たした。もちろん、あん馬以外の5種目に出場し、ミスのあったゆか以外はすべて15点台(とくに跳馬では15.950)をマークした野々村もおおいにチームに貢献した。

そして、種目別でも、出場したつり輪、平行棒、鉄棒。どれも素晴らしい演技を見せた。

が、終わってみればどの種目もメダルには手が届かなかった。今大会は、すべての種目で優勝者が違ったため、男子は7人(平行棒が同点優勝だったため)の金メダリストが生まれたのだが、そのなかに野々村がいないというのが、不思議な気がした。

 

五輪代表落ちに始まり、インカレ個人も逆転負け。そして、種目別大会でもメダルを逃す。

もしかしたら、今年は「ついてない年」だったのかもしれない。

 

そうとしか言いようがないほど、実力はある。

世界に名だたる名選手そろいの先輩達を、するするっと抜き去る日がいつ来てもおかしくない。野々村笙吾は、そんな選手だと思う。

比較的がっちりした体格で、つり輪などは定評があるため、私は野々村に対して、「パワー系の選手」という印象をはじめはもっていたのだが、今大会を見ていて、彼の脚のラインの美しさにほれぼれすることが多かった。

彼の脚は、ひざが入り気味で、つま先を伸ばしたときに、甲のラインが伸びている。体操の世界では、そこまでの美しさは求められないようだが、野々村のような脚を見てしまうと、個人的にはとてもひいきにしたくなってしまう。

一方で、パワフルさ、キレのよさも持ち合わせているのだから、なんとバランスのいい選手なんだろう、と感心するほかない。

それなのに、今年に限っていえば、あと一歩ずつすべての大会で、個人の結果には恵まれなかったのは、やはり「不運」だったのではないかと思う。ただ、こういう不運に見舞われた選手のほうが大成することも多いのは、スポーツの世界の常でもある。

ちょっぴり苦い経験もした2012年は、これから先、野々村笙吾という選手が、より大きな存在になり、日本の体操界の支柱になっていく未来へのプロローグだったんじゃないか、そんな風に思う。

同じ年のライバルであり、順天堂大のチームメイトである加藤凌平も、「チームメイトとしてはとても頼りになるが、個人だと手強いライバル」と、野々村の存在の大きさを認めている。内村航平と山室光史がそうであったように、競い合い、認め合いながら、この2人が成長していってくれれば、日本の男子体操の未来は、かなり明るいと言っていいだろう。

 

野々村笙吾。

おそらく、後には「ロンドン五輪、出てなかったっけ?」と言われる選手になるんじゃないか、そんな予感がする。

text by Keiko Shiina